2005年01月31日

トルコ人の歴史認識

 トルコに行くと必ず目に入るものがある。アタテュルク(ムスタファ=ケマル)の肖像だ。学校や広場には絶対に彼の銅像が立っているし、どの店やホテルに行っても必ず彼の肖像画がかかっている。それだけトルコ人はアタテュルクが大好きなのだ。僕がトルコ人に会うたびに「アタテュルクは好き?」と聞くと、「なんでそんな当たり前のことを聞くんだい?」というような顔をされる。そして、彼がいかに偉大な人であるかをとうとうと語りだすのだ。この人気はものすごい。そしてその崇拝ぶりは、アンカラにあるアタテュルクの墓に行った時により強烈に印象付けられた。広大な丘の上に巨大な神殿のような建物があり、中はアタテュルクの博物館になっている。彼が対ギリシア独立戦争をどのようにして勝利したか、近代化が遅れたオスマン帝国末期の体制をどう改革していったか、などの英雄伝が、軍国的な音楽とともに展示されている。そうか、トルコのナショナリズムはここを基に作られているのか、と思った。帝国主義の列強を破って独立を勝ち取った軍隊、その軍隊の華々しさである。平和ボケ日本人の僕には、少々軍国主義的に感じた。

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posted by かっしー at 01:50| 東京 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 語り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月22日

「物乞い」という他者

旅していると、物乞いを見かける。日本でもホームレスはいるが、海外の物乞いは、見るからに、強烈に「哀れ」な形で通り過ぎる人々に迫ってくる。

イスタンブールで歩いていると、路上でティッシュを売る少年、靴を磨く子供、花を売るおばあさんなど、様々な人に出会う。橋の上などで毛布を広げてただお金を乞う人もたくさん見かけた。靴磨きの少年が馴れ馴れしく英語で話しかけてきた。何度も断ったが「ただあなたと話したい、No moneyでいい」と言ってしつこいから、しかたなく靴を磨いてもらった。彼は17歳、トルコ東部出身のクルド人で、5年前からイスタンブールに出稼ぎに来たという。磨くなんて全く必要ない僕のスニーカーを、一生懸命磨いていた。案の定、靴を磨いた後に「ちょっとお金くれてもいいじゃん」みたいな感じで食い下がってきたから、ちょっとしぶったが、彼の純粋さに免じて、お金を少し渡した。

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posted by かっしー at 06:27| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月21日

世の中いろんな人がいる__イスタンブールでのぼったくりクラブ体験

この話は、告白するのは恥ずかしいのだが、書くべきことだと思うので、書く。

話というのは、夜のイスタンブールをひとり散歩していたところから始まる。道を渡ろうとした時、「あ、車来てるよ」と横にいた人に何気なく注意されて、振り向くと同い年くらいの青年がいた。向かう方向が同じだったので、歩きながら「どこから来たの?」「何才?」などの簡単な会話をした。彼は、同じ21才で、イスタンブール大学でメカニックを勉強しているという学生だった。なかなか気が合ったので、いろいろ話したいなと思っていると「これからビール1杯飲みにいくんだけど一緒に行かないか」と言われ、一緒に飲みに行くことにした。

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posted by かっしー at 18:09| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月17日

トルコの港町にて一句

旅の夜ひとり海辺に波の音
海の向こうに遠いまぼろし
posted by かっしー at 14:46| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

旅する人々点描

 なぜ旅をするのか。そのことをずっと考えながら旅をしていた。

 僕は、バックパッカーがあまり好きではない。というのは、話していても人間の奥深さが感じられないことが多いからだ。彼らに会ってまず話すのは、自分がどれだけ旅してきたかという自慢と、いかに安く旅をするかという金銭の情報と、命の危険にあって大変だった体験談くらいに終始する。話としては面白おかしいし笑えるのだが、そこに「なぜ」という言葉を挟むと、急に彼らは黙りこくってしまう。その国の文化や生活の話を振ると、「いい」「よくない」「クソ」といった一言で片づけてしまい、多くを語ろうとしない。まあもちろん言葉にするのは難しいのだけれど、言葉にできないという以前に、そういうことに意識が向いていない人も多いのだろう。僕は今回の旅でそういう人間にたくさん会った。帰りの飛行機で隣になった男子学生は「だってイランとか行ったら話のネタになるやろ」と言っていた。女を買う人、麻薬にハマる人、たださすらいの身を演じたい人。旅をしているといろいろな人に出会う。いったい何のために旅をするのか、そういう旅人と会うたびに、自分自身も深く考えさせられた。

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posted by かっしー at 02:22| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月16日

また夜が明けるという歓び−−−−夜明け前のイスタンブールを歩き続けて

istanbul

 なんだかわからないまま、ひとり成田空港へ向かった。本当に自分がイスタンブールへ行くという現実が遠いような感覚だった。あれこれと確認する友人もいない。ひとり。この心細さは一人旅だけでしか味わえないだろう。覚悟もなにもなかった。不安と緊張ばかりが僕をおおっていた。

 昼過ぎに成田を離陸して、機内食が終わったら機内の電気が消えたので、もう午後3時過ぎから夜だった。成田からモスクワまで9時間。モスクワでトランジットを4時間待ち、イスタンブールへ4時間飛び、着いたのは現地時間の深夜1時。そこから6時間は夜が明けない。つまり、いつもよりも半日以上も夜が長いということになる。飛行機の中ではよく眠れたものの、重い荷物を背負って、右も左もわからずに彷徨い、すでに疲れていた。これから中心部へ行ってホテル探しをするのも不安だ。朝まで空港のベンチで待つことにした。でも緊張して眠ることはできなかった。

 5時過ぎの始発バスがあったので、空港の外に出た。このとき、僕はなんか日本と全く違う所に来てしまったと感じさせられた。においだ。土っぽい、炭っぽい、なんとも言えない異国の臭い。ここで、今までの不安や迷いはもう後戻りできないものだと確信した。そのための覚悟をただ歩くだけで固めていくしかなかった。イスタンブール中心部へ行った。運転手の声に慌てて降りたところは、誰もいない大通りだった。あたりはまだ真っ暗だった。街灯も少ない。でこぼこの歩道を歩く。お腹がすいていたので店を探したら、遠くに明るく光る食堂があった。おいしかった。客は僕ひとりだった。店を出て、とにかく、また歩き始めた。

 それは、異様な空間だった。イスラム教のモスクから大音量で唄が聞こえてくる。無伴奏の、伸びやかな、おそらくはコーランの言葉の、男の声。まだ早朝で、歩いている人はほとんどいないのだが、その声が遠くからも近くからも、あちこちで街に響き渡っている。ライトアップされているモスク。通りを10分も歩いているだけでいくつもモスクに出会う。イスラムという、全く知らない世界だった。そして、ここはモスクだけでなく、様々な歴史が内在している街である。古そうな建物の前でふと足を止めて見てみれば、14世紀の建築だった、なんてのは本当によくある。道路に柱がゴロゴロ転がっていて、ふと立ち止まってプレートを見たら「テオドシウスの凱旋門」と書いてあったり。テオドシウスって、おい……と感嘆しながら、歴史が生み出す深遠な雰囲気に心を休ませた。

 重い荷物を背負いながら、石畳の坂道を歩き続けた。でも、もう7時になるのに、まだ夜は明けない。もうこのまま夜は明けないんじゃないかと絶望的な気持ちになった。7時過ぎにやっと東の空が明るみ始めた時は、安堵とともに、日が明けるという非常に単純なことがこんなに感動的なことだったのか、と感激した。その日はあいにくの曇りで、日の出を見ることは出来なかったが、次第に明るくなって、人が多くなり、街が動き出していく様を眺めていると、ああ、ここでは、日本とは全く違う時間の中で、全く違う文化の中で、こうやって生きているんだと漠然と強く思った。

 そして、そのような差異はこの旅を通じて何度も感じさせられた。僕は何気なく「文化」という言葉を使い、文化相対主義などを頭の中で考えたりしていたけれども、「文化」というものが何なのかということを、僕はあまりにも知らなかった。そうか、こんなにも「文化」というものは違うものだったのか、全く異次元、というか、もう相容れないものでさえあるのか、と思わされた。サフランボルのオスマン朝時代の街並みを見て思ったのは、あの入り組んだ細い道には、アスファルトは似合わないし、真っ直ぐな道路は引けない。いくらアメリカ文化が「普遍的」といっても、文化が「普遍」=万国共通というのは無理がある。でも現実にグローバリゼーションの中で、世界中の様々な文化の中にアメリカ文化が浸透しつつあるというのは、いかにものすごいダイナミックな変化であるかと想像した。

 直感的な言葉ばかりでごめんなさい。でも、僕は、直感で、そう感じました。 
posted by かっしー at 03:58| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月11日

帰国報告

帰ってきました。

帰って来れてよかった。ほっとします。ものすごく疲れてます。
げっそりとやせ細ってしまいました。とりあえず一文無しです。とりあえず報告まで。
posted by かっしー at 15:39| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月04日

In Rhodes

Now, I am in Rhodes island!
Rhodes city is very old and beautiful!!!
Tomorrow, in the early morning, I will leave for Creti.
And next I will visit Athens.
I am going to go back to Japan in 10 January (arrival in Japan on 11).
It is a pity that I don't have so much time to visit other Greek cities...
posted by かっしー at 23:48| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月01日

In Fethie

Today's morning, I was going to go to Rhodos island, Greek, but the Medeterranean Sea was too rough to go over. So the ferry was canceled, and I have to wait for the next ferry until Monday morning.

Tonight, I am staying at a rich hotel in Fethie, one of the most famous resort city in Turkey for European people. I wanted to celebrate the new year coming with a lot of people, but I will come into next year in my single room alone. So lonley...

Now it has to come a new year in the time at Japan.
A Happy New Year!
There are 7 hours difference between Japan and Turkey.
Here in Turkey, about in 5 hours we will come into 2005.

I watched the "tsunami" tragedy in TV.
The Japanese word "tsunami" is commonly used in newspapers and TV in Turkey.
posted by かっしー at 02:21| 東京 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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