2006年01月24日

新宿御苑に人を埋めてきた

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埋葬される友人。

墓に弔いの装飾をしたり、周りでぐるぐる踊ったり、いろいろやってみた。本人の希望により、最終的には顔の部分も埋めてみた。1時間ほど埋まっていたが、閉園時間になったので、やむなく甦り。甦りの瞬間はすんごい気持ちよかったらしい。

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いいな、ちょっと埋葬されてみたい。
posted by かっしー at 00:43| 東京 ☀| Comment(5) | TrackBack(0) | 日常生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月23日

NODA・MAP「贋作・罪と罰」

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 野田秀樹の舞台『贋作・罪と罰』を観てきた。(1/21夜@シアターコクーン)

 僕は、よく舞台でもコンサートでもライブでも何でも観に行くが、最近は専ら当日券主義だ。当日に、観たいと思ったその時にパッと行って、当日券で入る。もちろん当日行っても券が手に入らない時もあるし、たまたま当たった席が悪いというリスクは常に伴うが、「観たい時に観る、行きたい時に行く」というその気軽さには換えられない。特に、生でこういうものを体感しに行くためには、ものすごくタフな体力と集中力を要求されるから、1ヶ月以上も前に予約して決めておくのは性に合わないのである。最近分かってきたことは、「当日券は出しません」と発表しているものでも、大きなハコでやる時は、現地に行って交渉すれば出してくれたりもするし、キャンセル待ちで得たチケットは、たまにものすごく良い席だったりする。というわけで、今回も例外に漏れず、雪が降っているから立ち見に並ぶ人も少ないだろうと思い立って、中2階のとても良い立ち見席で観ることができた。

 というわけで、『贋作・罪と罰』。結論から言えば、野田秀樹ってやっぱりすごい。おもしろい。この不思議なカタルシスは何なのだろう。

続きを読む(……ネタバレあり)
posted by かっしー at 15:00| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(1) | 舞台 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月02日

正月に想う

 冬の、凛と引き締まった空気は大好きなのだが、正月の空気は、ストーブで温めすぎた部屋ような、気だるさと漫然な感じが満ちていると思う。それはただ自分が暖かい部屋の中でぬくぬくしていることが多いからなのだが、実家で突然与えられた時間に、家族や親戚と一緒にテレビを見たりおせちを食べたりするだけで、どこか内実がともなわない。締まらない。統一感がない。「めでたい」「おめでとう」と連呼されるけれど、全くめでたさを感じない。何がめでたいのか…と、ひねくれて考えてしまった。

 昔は、今と違って年齢が数え年だったから、正月が全ての人の誕生日だった。1年の一番初め。もっと言えば、昔は日が変わるのは日の出の瞬間だったから、「明けましておめでとう」とは、本当に太陽が明けたからこそ新年になって、自分達の誕生日を祝うという挨拶だった。調べてみたら、「めでたい」は「芽出度い」=芽が出る、からきているそう。旧暦では、今の2月中旬だから、冬ももうすぐ終わりという時期。春の生命の息吹を喜ぶ気持ちも、そこに託したのだろう。

 おそらく、今の日本人には、時間は連綿と続くものだという認識がどこかにあって、昔の人のような「区切り」の感覚が薄いのだろう。去年をしっかりと締めくくり、新しい年の初めに抱負を掲げる。自分を顧みるその精神性の中で、正月を感じてみたいと思う。テレビを漫然と見るのではなく、バーゲンに繰り出すのではなく、たとえば、寒さの中で茶を飲むような、静かにも厳しさのある空気の中で。
posted by かっしー at 15:02| 東京 ☔| Comment(12) | TrackBack(0) | 日常生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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