2006年08月31日

「ギリギリの屋久島上陸」_屋久島・九州自転車の旅1日目

富士登山から、ほぼ徹夜明けとなった朝、僕は慌ただしく荷造りに追われていた。

朝8時15分羽田発・鹿児島行きの飛行機の片道航空券を取っていたので、6時半頃に自転車で家を出発した。自転車で羽田まで行き、自転車を分解して袋に詰め、飛行機に乗せてもらう計画だった。本郷から1時間くらい見ておけば大丈夫だろうと余裕こいていたら、行く途中で道を間違えて、時間がかなりギリギリになってしまった。

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posted by かっしー at 00:33| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月30日

「富士登山」_屋久島・九州自転車の旅0日目

IMG_2194.JPG

旅の始まりは、ここからだろう。
8月30日、屋久島に行く前日。僕は富士山に登っていた。

正確に言えば、前日の明け方だ。
なぜこんなハードスケジュールになってしまったかはわからないが、前から友達と登る約束をしていたのだ。

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posted by かっしー at 00:30| 東京 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月22日

過去を美化する心理――ノスタルジーにひたるということ

 こないだ、小学校の同期で集まって飲んだ。

 卒業して早10年。クラスによっては途中同窓会もやったらしいが、同期で集まるのは卒業以来初めてだった。自分が言い出しっぺになり、幹事をやった。どういう流れでこの集まりを開くことになったかというと、mixiで小学校の友達が2〜3人集まって、同期のコミュニティが作られたのが始まり。だんだん人数も増えていき、コミュニティにいる人数は今や26人。久しぶりに連絡が取れた人ばかりで、懐かしさのあまり、再会計画を立てた。mixiに限らず、個人的に連絡のつく人には知らせてもらって、結局飲み会の参加者は25人にもなった。今でもこれだけ集まれるのは、東京に住んでいて地元を離れない人が多いからだろう。終電も関係なく、20人近くもオールで朝まで飲んで、最後はみんなでチャリに乗って、みんなの家に送りながら帰った。とにかく10時間くらい当時の話に華を咲かせたわけだが、大人になったからこそわかってくる面も多く、とても楽しかった。

 こういうノスタルジーにまったり浸かることが、最近多くなってきた。高校に教育実習に行って高校生を懐かしく思い、大学1年生のボートレースを見て当時を思い出し、その時の仲間と昔のエピソードを語りながら笑う。自分もオジサンになったなーと思う。言ってみれば、ノスタルジーに浸る行為は、全く進歩的ではないわけだ。未来へ向かって一歩を踏み出すのではなく、過去の様々な思い出を美化し、「あの頃は○○だったね」と言いながら、今の自分との距離感をいとおしく思うだけである。そんなことは誰でもできる。自己充足的で、動物的な行為だ。だが、年をとるにつれて過去が多く積み重なっていくと、なぜか必要以上に美化したくなってしまう。それは、大人になった故の心理なんだろう。

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posted by かっしー at 02:20| 東京 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 語り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月17日

南原繁と8月15日を語る会

8/15の夜に、安田講堂にて行われた「8月15日と南原繁を語る会」に、スタッフとして参加してきた。僕に与えられた任務は、会が始まってからは右翼が乱入して妨害した場合に取り抑えるというものだったが、残念ながら右翼の乱入はありませんでした。でも、看板作ったり誘導したり撤収したりと忙しかった。

南原繁とは、戦後すぐの東大の総長で、専門は政治哲学。戦後すぐの失望した日本人に対して力強いメッセージを放ち、戦後教育制度の構築などに尽力した人だ。この会は、立花隆が『天皇と東大』という連載を終了しての記念イベントだった。ゲストスピーカーが著名人ばかり。大江健三郎、姜尚中、高橋哲也、佐々木毅など、錚々たる顔ぶれだった。以下、自分のためのメモ書き。

さて、肝心の講演会の内容。
特に僕がおもしろい!と思ったのは、次の2点。

・南原繁は「洞窟の哲人」と呼ばれるほど象牙の塔に閉じこもった研究者であったのに、学徒出陣の悲しさを契機に、世に積極的に出て訴えかけていく実践者に変わった、ということ。その学問と社会との距離感、付き合い方がおもしろいと思った。
(ちなみに、学者になる前は内務省で勤務する実務家だったらしい)

・政治学は、理想主義と現実主義の往復運動である、とすれば、南原繁は、理想主義者に位置しながら現実を見る学者だった、ということ。また、「現実を批判するのは現実ではなくて理想である」と大江健三郎が言っていたのが印象的だった。

というわけで、以上、自分のためのメモ書きでした。
ちなみに、この会の模様は1時間に編集して、2−3週間後にNHKBSでやるらしいです。
posted by かっしー at 01:20| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日常生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月12日

ク・ナウカ「トリスタンとイゾルデ」

pi_tristan011012b.jpg

「ク・ナウカ」という劇団の舞台に行ってきた。@東京国立博物館庭園2005/7/28

ク・ナウカは、ちょうど1年前の「王女メディア」があまりのインパクトだったので、今回も期待して行った。いつものように当日券で行ったら、一番前の真ん中という席に座ることができた。

「トリスタンとイゾルデ」というのは、ワーグナーのオペラで有名な物語だ。家臣と王女との許されない恋を描いた恋愛劇で、最後はみんなバタバタ死んで終わる。舞台はものすごい迫力で、美しかったが、正直に言えば、ちょっと期待はずれだった。

ク・ナウカ主宰の宮城聰という人は、ご丁寧にもパンフレットにこの舞台の狙いを書いてくれている。それによると、「近代の解体」――とくに「恋愛至上主義」へのアンチテーゼ――として、この脚本を演出しているらしい。「唯一無二のあなたとわたし」という喜びではなく、むしろ「唯一無二でない」ところに生命体としての祝福を見いだしたい、と書いてある。

このねらいは、残念ながら舞台上でしっかりと描き出されていないと僕は思う。というか、僕には全く伝わってこなかった。なぜなら、「恋愛」というテーマは話の中核であり、もちろん恋愛の「唯一無二」という価値観は、否応なしに話の中心にあったからである。もし「唯一無二」という恋愛の特徴を抜いてしまえば、話が全くの骨抜きになってしまうだろう。愛する人の死は空虚になり、悲しみは共有されず、ただ男女が情欲に溺れるだけではないか。「王女メデイア」の時は演出が非常に腑に落ちたのだが、今回は宮城聰の意図は全くわからなかった。

最期の、宇宙と融け合って永遠を誓うイゾルデは、なぜ自殺せずに、剣を捨てたのか。わからなかったです、ぼくは。
posted by かっしー at 01:58| 東京 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 舞台 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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