2005年08月02日

「善」とは何だろう(こないだの続き)

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 前のエントリーでは、とりあえず「人類全体の繁栄と存続が善である」という命題を、疑いなき前提として話を進めました。しかし、この前提は本当に妥当でしょうか。数日経って考えてみると、「人類」などという言葉は大袈裟すぎるように感じます。「今、生きている人間が無事幸せに生きられるということが善である」と言った方がいいかもしれません。そのロジックでいくと、「今生きている人間」というのは瞬間瞬間で更新されていくものであるから、未来にそのための最適な環境を作っていくことは善です。すなわち「人類の存続は善である」というのは内包されます。「無事幸せに生きる」とはどういうことかというと、(非常に抽象的ですが)日常的に死の不安がないような安全な生活のこと、また、自己実現の機会を可能な限り保障されている世界、とでも言えるでしょうか。

 もうひとつ、先の命題で訂正すべきだと思ったのは、人類の「繁栄」という部分です。「繁栄」とは何でしょうか。20世紀までの視点でみれば、人類は永久に発展していくという進歩史観が優勢だったと思いますが、時代が21世紀になり、もうこれ以上あくなき「発展」を追い求めると、人類全体にとって不幸につながりかねないという見方が強くなってきた。「持続可能な開発(sustainable development)」とはそのような考え方でありました。それをもう一度深く見つめてみたいと思います。
posted by かっしー at 04:57| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 語り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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