2007年03月01日

Now in India

Now I am in Jaipur, which is a city
about 5-hour far away from Delhi, India.

Just now I came to an Internet cafe, in Jaipur.
I am enjoying the trip so much!!

In New Delhi,
I had twice experiences
that some Indian men deprived me of my baggage
when I was walking in the main street.
Fortunatelly, nothing was deprived...

Moreover, twice I was brought to tour companies
that depend me a incredible expensive money.
but fortunatelly, I managed to go out there
without paying any money.

And, I am sound and in good condition.

I came to Jaipur from Delhi,
and I will go to Agra, Khajuraho,
Banaras, Buddha Gaya, Darjiling, and Kolkata.

but I wonder it will not go well....
posted by かっしー at 16:17| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 語り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月22日

過去を美化する心理――ノスタルジーにひたるということ

 こないだ、小学校の同期で集まって飲んだ。

 卒業して早10年。クラスによっては途中同窓会もやったらしいが、同期で集まるのは卒業以来初めてだった。自分が言い出しっぺになり、幹事をやった。どういう流れでこの集まりを開くことになったかというと、mixiで小学校の友達が2〜3人集まって、同期のコミュニティが作られたのが始まり。だんだん人数も増えていき、コミュニティにいる人数は今や26人。久しぶりに連絡が取れた人ばかりで、懐かしさのあまり、再会計画を立てた。mixiに限らず、個人的に連絡のつく人には知らせてもらって、結局飲み会の参加者は25人にもなった。今でもこれだけ集まれるのは、東京に住んでいて地元を離れない人が多いからだろう。終電も関係なく、20人近くもオールで朝まで飲んで、最後はみんなでチャリに乗って、みんなの家に送りながら帰った。とにかく10時間くらい当時の話に華を咲かせたわけだが、大人になったからこそわかってくる面も多く、とても楽しかった。

 こういうノスタルジーにまったり浸かることが、最近多くなってきた。高校に教育実習に行って高校生を懐かしく思い、大学1年生のボートレースを見て当時を思い出し、その時の仲間と昔のエピソードを語りながら笑う。自分もオジサンになったなーと思う。言ってみれば、ノスタルジーに浸る行為は、全く進歩的ではないわけだ。未来へ向かって一歩を踏み出すのではなく、過去の様々な思い出を美化し、「あの頃は○○だったね」と言いながら、今の自分との距離感をいとおしく思うだけである。そんなことは誰でもできる。自己充足的で、動物的な行為だ。だが、年をとるにつれて過去が多く積み重なっていくと、なぜか必要以上に美化したくなってしまう。それは、大人になった故の心理なんだろう。

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posted by かっしー at 02:20| 東京 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 語り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月24日

教師という仕事の「虚しさ」

3週間の教育実習が終了した。
授業を29回もやってみて、一番心に深く印象づけられたことは、
教師という仕事の「虚しさ」だ。

教師は、生徒を前にして、多くのことを教える。しかし、それが生徒の何になるのか、どのような役に立つのか、教えたことによって生徒がどれくらい成果を生み出すのか、ということに関しては、教えている教師は全く分からない。「成果」が確かめられない。もし「成果」があるとしても、(いや、たしかに「成果」はあるはずなのだが)それは非常に長期的に表れてくるものでしかなく、それを自分自身で確認する方法はない。当たり前だが、テストの点や大学受験の結果などは本当の「成果」ではない。テストのために授業しているわけでは決してないからだ。もっと長期的なもの・人生における素養としての知を、いかに体得させられたかという観点で、教育は行われるべきであり、そのような教育を目指す時に、その「成果」を確かめることは、あまりにも困難である。そして、そのように「成果」の見えない中で、毎年毎年、ほぼ同じことを、繰り返し新しい生徒へ教えていく作業が続くのである。そこでのため息、徒労感、虚しさ。そのような空気を、教師側に立ってみて初めて、感じ取ってしまった。

実際、先生方の愚痴を聞いていると、生徒は毎年変われど、毎年同じことの繰り返しによる閉塞感を言葉にする方も多かった。ある先生は「君たちは3週間だけだからいいよな。おれはあと20年だよ…」と言って嘆いていた。これは、教師になってみて初めてわかる視点だった。たしかに、生徒にとっては1回限りの授業でも、先生はその内容を、同じネタで、何百回も話をするのだ。僕は同じ内容を7回授業をしていたのだが、たった7回ではあるけれど、まるで自分が機械になったかのように感じられた。その繰り返しの連続に、教師がどこか単調さを感じてしまうのも当然かもしれない。

成果は見えない。そして、同じ事の繰り返し。
教師の仕事には、そんな「虚しさ」がある。

しかし、それでも僕が、この教育実習を通じて、前よりも一層「教師」という仕事に惹かれてしまったのは、やはり教えるという作業の中に、未来の大きな可能性や夢がつまっているからだろう。

僕のホームルーム担当は3年A組だった。受験勉強と行事の折り合いをつけながら、頑張っている3年生。悩んで、遊んで、精一杯努力していた。その姿を見て、僕は彼らの未来を想像して非常にワクワクさせられたし、彼らの可能性を精一杯伸ばしてやりたくなった。相談に乗ったり、クラスの選手を応援したり、一緒に体を動かしたりしている中で、こちらも大いに励まされた。

授業を持ったのは1年生。高校入って2ヶ月ちょいの彼らに、「憲法と基本的人権」について4回分の授業を受け持った。「基本的人権」の概念を、ぜひとも生きる糧にして欲しい、という思いで授業を行った。「差別でこんなに苦しんでいる人がいる」「僕らは不当に拘束されない権利を持っている」「権利を守るには不断の努力をしなければならない」「大人になるには責任が伴う」「新自由主義改革が進んでいる」………など、彼らに伝えた多くの情報の中で、数年後に覚えていることは本当にわずかかもしれない。でも、そのわずかに、僕は可能性をかけたくなった。未来に、どこかできっと生きてくる。教師は、それを信じる職業なのだ。

未来を信じる職業。かっこいいじゃないか。
自分は今のところ、大学院に進んで研究者になりたいと考えているが、
どのような道に行っても、何かしら「教育」に携わることにはなると思う。
そのような、自分の人生の方向性を感じさせられる体験だった。


この実習が終わって、今まで小・中・高校でお世話になった多くの先生方に、
手紙を書きたくなった。

「教えてくれて、ありがとうございます。
 先生が僕に教えてくれたことは、今、こんなにも役立っていますよ」
posted by かっしー at 21:38| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 語り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月22日

「やりたいこと」と「できること」

朝、寮の集会で僕が当番だったので、寮生の前で「就活と自分の方向性」の話をした。その中で、就職活動の胡散臭さについて、触れた。

就活で「自己分析」とかをやっていると、自分の言葉によって自分自身が定義されていくのがわかる。その言葉によってより強固な自分を得たというのは良い面だが、同時に、実際はそんな論理明快ではないのに…という抵抗感も感じる。たとえば、よく聞くフォーマットで「私はリーダーシップを取る人間です。なぜなら、大学のゼミでみんなを引っ張った経験があるからです」みたいなものがある。本来、その因果関係ははっきりしないものであるはずで、そんなに明快な論理で打ち出される性質のものではない。就活において、前後の文脈に沿わず、まるで決まりきっているかのように繰り出される自己PRは、あまりにも胡散臭すぎると日々感じていた。

それに対して、そのあと朝飯を食べている時に、寮の博士課程の先輩がこういう反論を言ってくれた。学問で論文を書く作業とは、自分がある限定条件を作って、暴力的なまでも、ぐいぐい自分の言いたい方向へ結びつけていくことが必要だから、就活でそういうプロセスが嫌だとか言ってると、学問こそ苦痛でしかない、と。

たしかに、その通りかもしれない。
僕は、まだまだ山に登り途中なので、自分が「言いたいこと」を新しく見つけて、論文を書く、という段階に行っていないので、正直わからない。いや、でも僕は反論したいな。学問は、就活に比べれば、まだ論理的な精緻さがあると思うんだけどな。たしかに自分の都合のいいように限定条件を設けて統計を出して、言いたいことへ持っていくのだろうけども、そこには数分の自己PRに比べれば、時間の余裕さと論理の整合性はあるからな。

学問が、自分に合うかどうかを判断するのは、難しい。
今回、僕は「できること」よりも「やりたいこと」によって道を選んだ。自分は器用貧乏なところがあって、それなりに何でもできてしまう。ただ、いつも「それなり」で終わってしまっていた。「それなり」で終わりたくない気持ちがあったから「やりたいこと」を選んだのだ。でも、そこでの自分の可能性を見極めるのは、修士の1年秋までで、修士に入ってからのその半年間が命だ、というアドバイスもいただいた。

とりあえず、僕は、今は何と言われようと、やりたいことをやる。
勉強しよう。
幸いにも、今僕は、勉強することが猛烈に楽しい。
posted by かっしー at 01:39| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 語り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月10日

未来の自分へのエントリーシート

高校時代から、異常に興味ある分野があった。

政治哲学。特に、民主主義についての理念の問題について、僕は今まで考えてきた。高校時代に、プラトンの『国家』、オルテガの『大衆の反逆』を読んで以来、「民主主義」「市民」「大衆」というものが信じられなくなった。直感的に、10年後、20年後に民主主義は大きく変革を迫られると思った。それを自分のライフワークにしたかった。だから、大学院に行って、将来は研究職になりたいとずっと思っていた。

しかし、大学の現場は、相当にカビが生えていた。外部との社会性が欠如した空間。難しいことばかり書いて、誰も読まない論文の山。そこに目的意識などはない。社会貢献などを全く気にせずに、とにかく象牙の塔の中に引きこもって、おのれの研究を続ける学者達ばかりだった。大学のアカデミックな現場に失望しかけた。そんな時、ひょんなキッカケでLMIのインターンを経験をして、ビジネスの世界に強く惹かれることになる。学問とビジネスの決定的な違いは、やっていることへの「当事者意識」が強いか弱いか、だと思った。そのビジネスの「当事者意識の強さ」に強く惹かれたのだ。

 学者という職業は、可能な限りの客観性を求められるために、物事の当事者にはなりにくい。政治について研究している人でも、実際の政治問題や政治情勢に対して当事者意識を持って研究している人は少ない。大抵「何のために研究しているのか」という意識が欠如していて、自己完結的に終わってしまうのだ。

 一方、ビジネスの世界は、外部の世の中と強く結びつきながら、「こうしたい」という目的意識を持って仕事に取り組むことが要求される。その、ビジネスの当事者意識がもたらすエネルギーに、僕は強く惹かれた。それは、世の中を変革したり、世の中に対して影響を与えたりする時に絶対に必要な意識だと思った。

 では、ビジネスの現場で、「民主主義」というフィールドを考え続けられるような職はないかどうか、考え始めた。「民主主義」と言ってしまえば大袈裟だが、社会全般ではなく、ひとつの組織の中で、どのように個人が責任をもって、組織にどのように貢献するかという問題は、まさに民主主義における市民と国家の関係に共通するものがあった。そのため、組織変革・人材開発などに携わってみたいと思うようになった。その気持ちで2月、3月の就職活動を行った。言ってみれば、どこの企業にも人事部はあるわけなので、幅広い業界を見て回った。また、ゆくゆくは人材の方向に進みたいとはいっても、初めから人材系に進むのではなく、ビジネスの基本的なスキル習得を考えて、経営や金融を視野も視野に入れて就職活動を行った。

 就職活動は、順調に進んだ。大学院という選択肢はまだ充分考えられたので、そこまでシリアスにならず、気が楽だった。落ちて凹んだところもあるが、特に大きな失敗もせず、どんどん進んでいった。面接などは、非常にスリリングな楽しい場所だった。しかし、3月後半、某生命保険会社に囲い込まれて最終的にそれを断る段階になって、改めて本気で自分に問い直してみた。ビジネスなのか、学問なのか。

 ビジネスに進めば、安定した収入が望めるが、自分のやりたいことはほとんど出来ない。一方、学問へ進めば、自分のやりたいことはとことん追究できるが、教授のポストを得るのは本当に厳しいので、おそらく安定した職に就けるのは35歳以上になる。非常に難しい選択で、悩みまくった。もちろん、このフレキシブルなご時世に、今現在の決断がこの後の人生全てを決めるというわけではない。2年ほどビジネスに進んでから、学問へ戻るという選択肢もある。逆もありうる。しかし、ファーストキャリアはとても重要である。特に、文系の院に進むのは相当の覚悟が必要だろう。

 学問は、本当に失望に足ものなのか、思い返してみた。僕の学科は相当やる気ないのだが、世にはエキサイティングなことをしている学者はたくさんいる。先日、新学期の大学院のシラバスを読んだ。あれもこれもと興味がわいて、どんどん興奮してきた。自分はやっぱりここで勉強したいと思った。僕は、しっかりと目的を持った、世の中に対して当事者意識の強い学者になる。そう決めた。もっと根本的な、でっかい変革を自分の中で夢描いているのだから、それをビジネスという枠に当てはめて矮小化せずに、リスキーでもでっかく夢を持ち続けてみようと思った。学問の道へ進むことは、どんな企業へ行くよりもハードな道だと覚悟している。なにせよ、頼れるのは自分しかいないのだから。でも、そうやって学問の場にいることが、自分なりの付加価値を生み出す一番最適な方法だと思っている。

 相談に乗ってくれたみなさん、あたたかく見守ってくれていたみなさん、ありがとうございました。僕はこれから必死に頑張ります。


……といっても、大学院の入試はまだまだなんですけど。笑
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2005年11月03日

秋の夜長に考える

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 人生について深く考える今日この頃。自分の人生をどう組み立てていくか。甘いことは言ってられなくなってきた。これだけは決めていることは、安穏とした日々と、そこに蔓延する怠惰・無気力を打破するために、敢えて自分は苦しい環境へ飛び込むということ。そういえば、そんなことを言ってボート部に飛び込んだ時期もあった。方向性は、与えられるものではない、自分で探すもの。

 まるで打ち合わせをしていたかのように突然「シューカツ」と連呼し始め、無駄に焦りと不安を装い、企業の使う用語をたどたどしく語り出す大学3年生の群衆の前に、自分は、ただ呆然と遠くを見つめるだけ。

 哲学に、意味はない。
 自分は、哲学よりもっと世の中に近いところにいたい。
 でも、哲学は好きなのだ。

 ただ自分の好奇心のままに勉強し、無駄にジェネラリストを志向していた自分は、結局英語もフランス語もドイツ語もトルコ語も韓国語も古代ギリシア語もラテン語も使いこなせず、自信を持って講義できるような学問的内容も伴わないまま、ここまで来てしまった。何にでも好奇心があって、たしかに幅広く物事を知っているが、それらは全て浅はかで、頼りなく、すぐに倒れてしまうものでしかない。

 悲しいかな、もはや「教養」は必要とされない。

 でも、しかし「教養」への憧れは尽きることがない。やはり自分は「教養」を目指す。その志向性はもう自分の本性だから。教養とは何か。それは、あらゆる知が、知恵として、生きるための価値判断となる指針として、深く自分の中に刻み込まれているものである。教養を、生きた糧として、食べていく。そういう生き方をしたい。あわよくば、その教養「で」食べていきたい。それが非常に厳しい道だということはわかっているけども。

 とりあえず、自分の課題は、断片的な知のあり方を、自分の中でシステマティックに再構築することだ。それはあることをひとつ、深く追究していく中で、自ずと達成されていくだろう。

 自分に、自信があった。その自信は、実は虚無であった。虚言であった。「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」にまみれたものだった。『山月記』の李陵のように、ぼくは虎となって暗闇の中に消えていくのか。李陵の悲しい鳴き声が、あちらことらと遠く都会の闇から聞こえる。自分は、裸の、飾らない、ありのままの自分を恐れずに、まず肯定しようと思う。ぼくは虎にはならない。
posted by かっしー at 03:37| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 語り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月10日

郵政民営化とネオリベラリズム

・アメリカの経済専門雑誌『ウォールストリート・ジャーナル』2005年8月8日号の記事に「郵政民営化法案は廃案となったが、これは手取りの時期が少し延びたに過ぎない。ほんの少し待てば、われわれは3兆ドルを手に入れることができる」との記述があった。

・アメリカからの対日要望書(アメリカ大使館のHPからダウンロードできる)に、「郵便保険会社・郵貯銀行の政府保有の株式完全売却」などの日本への要望が具体的に書かれている。

僕は一応、郵政民営化は賛成なんですが、民営化するにしても非常に多くの不安を感じています。郵政民営化は、規制緩和して市場経済の競漕原理に委ねるという新自由主義(ネオリベラリズム)の流れです。それが意味するところは、アメリカ的な自由競争社会の到来です。そしてアメリカのファンドは、上記のように、郵貯の巨大マネーを喉から手が出るほど欲しがっています。郵政民営化が「アメリカの言いなりだ」と言えるかはわかりませんが、少なくとも「アメリカ化」していく一環ではあります。

 先日僕が韓国に行って、韓国人と議論し、また韓国のことを勉強する中で感じたのは、韓国は日本よりもより明白にネオリベラリズムに席巻されているということです。大企業はより成長し、街もどんどん近代的に整備されていく一方で、失業率は上昇、貧富の差は拡大、大都市に集中・農村は過疎化していく。社会階層の固定化は必至。日本で最近よく言われる「勝ち組」「負け組」というのもその流れでしょう。うーん、それってどうなのよ。僕は、機会は平等に与えられて、それなりに自由な社会が良い社会だと思っているので、生まれた家が貧しかったから大学には行けない、みたいな固定化された社会には魅力を感じません。ネオリベラリズムは、あくまで強者の論理で進められている。「勝ち組」に都合がいいように社会が動かされている。そこに強い懸念を感じます。

でもですね、この先の見えない世の中で、たとえば郵政民営化に反対して、そのようなネオリベラリズムの流れに逆らうことに、あまり明るい展望を描けないんですよ。情けないことに。これが僕の消極的賛成の理由です。日本の国益を考えれば、自由化して民間が資産運用した方がいいだろうと(なんとなく)思っています。様々なブロガーの意見・分析を読んでいると、どうやら民営化した方がいいらしいことはわかる。ただ、その巨大マネーを引き受けた民間企業というのが、日本企業なのかどうかはわからないし、日本企業に投資するかもわからない。完全に民間に移行した段階で、外資投資企業に丸ごと買収される危険性も十分にある。投資会社のゴールドマン・サックスは、郵政民営化を意識してか、新しく8000億円の投資ファンドを立ち上げたらしい。むしろそういう危険性はかなり高いのでは……と思うと、かなり怖い。

要は、僕が言いたいのは、僕は諸手を挙げて郵政民営化に賛成するわけではないこと。とりあえず、世界中で起こっているアメリカ化の強い流れには逆らえなそうだ…という諦念と、それとは別のビジョンを自分で描けないもどかしさが猛烈にあること。そういうことです。
posted by かっしー at 04:44| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(2) | 語り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月02日

「善」とは何だろう(こないだの続き)

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 前のエントリーでは、とりあえず「人類全体の繁栄と存続が善である」という命題を、疑いなき前提として話を進めました。しかし、この前提は本当に妥当でしょうか。数日経って考えてみると、「人類」などという言葉は大袈裟すぎるように感じます。「今、生きている人間が無事幸せに生きられるということが善である」と言った方がいいかもしれません。そのロジックでいくと、「今生きている人間」というのは瞬間瞬間で更新されていくものであるから、未来にそのための最適な環境を作っていくことは善です。すなわち「人類の存続は善である」というのは内包されます。「無事幸せに生きる」とはどういうことかというと、(非常に抽象的ですが)日常的に死の不安がないような安全な生活のこと、また、自己実現の機会を可能な限り保障されている世界、とでも言えるでしょうか。

 もうひとつ、先の命題で訂正すべきだと思ったのは、人類の「繁栄」という部分です。「繁栄」とは何でしょうか。20世紀までの視点でみれば、人類は永久に発展していくという進歩史観が優勢だったと思いますが、時代が21世紀になり、もうこれ以上あくなき「発展」を追い求めると、人類全体にとって不幸につながりかねないという見方が強くなってきた。「持続可能な開発(sustainable development)」とはそのような考え方でありました。それをもう一度深く見つめてみたいと思います。
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2005年07月29日

人間全体の「善」とは

 たとえば、今、インドである疫病が大流行したとする。それによって、すでに何億人かが死んだ。その病原体が日本に入って自分の身にふりかかる可能性があるかどうかは別として、今、そのこと自体は「嘆かわしいこと」であるのか、という問いを立てる。

 状況として、世界は人口爆発が起こっていて問題になっている。問題というのは、つまり食糧問題であり、貧困・衛生問題である。地球の耕地可能面積すべてで最も生産性の高い小麦を栽培しても、養えるのは100億人ほどであるという。この限界を前にいて、人口爆発は人間のある程度の生存をおびやかすものだと言える。

生物的な種の概念で言えば(というか本能的に)、人類の繁栄とその存続は「善」である。これは前提である。このことは「持続可能な開発」は善であると言われる根拠になる。

 とすると、人口が急増して深刻な食糧危機が訪れようとしている今、ある程度人口が減ることは、地球の開発状況にとっても、善である。

 そうなると、先の問い「人が大量に死ぬこと」は「善」になりえないか。死ぬのが自分かどうか、自分とは全く関係のない集団かは別として(自らの生の主観は入る余地がないものとして)。

 だが一般的には、このような死は「非人道的」とされ、「悪」とされ、「悲しい」とされる。これはなぜか。この「悲しさ」をどうにかして正当化できないか。

 個人の感情に頼ることを考える。「同じ人間として、無惨に死んでいく人間を悲しまずにはいられない」という倫理観が、この問いを「悪」にできるだろうか。否、できないだろう。なぜなら、この倫理観は全ての人間が共有しているとは限らない故、普遍性を持ちえないからだ。悲しみは人によって違うし、またそれは大概個人の中で終始するものである。人間の集団全体としての「善」はこの主張から導き出せない。

 新約聖書に出てくる「よきサマリア人」は、目の前の、道に倒れている人を助け、介抱した。悲惨な状況にあるのが目の前の人ならば、悲しい感情は湧くかもしれない。助けたいと思うかもしれない。目の前に溺れている人がいたら、何も考えずにすぐに助けようとするだろう。そうして助けることは、おそらく功利主義的に言っても「善」である。その人と近い位置にいるならば、後で思わぬ見返りが来るかもしれないからだ。おそらく閉じた狭い社会では、人を助けることは「善」だろう。情けは人のためならず。

 だが、問題は、現代の世界でどこまでが「目の前」なのかということだ。何千kmも離れた国とも、経済的結びつきはますますかたいものとなり、物的流通・人的交流は絶えず行われ、テレビやインターネットを通じて、向こうの映像や声を見ることができる。でもそれははたして多くの人にとって「目の前」の人なのか。思わず助けざるをえない他者なのだろうか。

 人間個人の思いの範疇に及ばないほどに、生活世界が拡大しすぎた。そこに、現代の様々な問題のエッセンスが横たわっているように思う。
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2005年05月14日

学問はどこへ向かうのか

 この2年間、僕は「学問に何ができるか」ということをずっと考えてきた。大学1,2年の教養課程で、様々な分野の科目を学びながら、学問という知の全体像を探り、それ全体がどこへ向かっているか、その意義は何なのかをなんとかしてつかもうとしてきた。
posted by かっしー at 01:29| 東京 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | 語り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月15日

貧乏スタイルの流行

「貧乏」が流行っている、と思う。

実はたまに深夜番組をだらだらと見たりもするのだが、どうも最近「アンガールズ」という変なお笑い芸人をよく見る。ふたりしてとても貧相な顔。みすぼらしい格好。姿勢が悪く、顔色も悪い。いかに変な格好をして目立つかということに凌ぎを削っている芸人が多い中で、格段に目立たない。それを売りにしている芸人である。2人でシュールなショートコントをやり、「ガチャガチャガチャガチャ……」という訳わからん締めで終わる。この2人の家に突入という企画を観たが、想像に漏れず、狭くて、散らかっていて、いかにも20代の冴えない若者が暮らしている家だった。

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posted by かっしー at 02:54| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 語り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月31日

トルコ人の歴史認識

 トルコに行くと必ず目に入るものがある。アタテュルク(ムスタファ=ケマル)の肖像だ。学校や広場には絶対に彼の銅像が立っているし、どの店やホテルに行っても必ず彼の肖像画がかかっている。それだけトルコ人はアタテュルクが大好きなのだ。僕がトルコ人に会うたびに「アタテュルクは好き?」と聞くと、「なんでそんな当たり前のことを聞くんだい?」というような顔をされる。そして、彼がいかに偉大な人であるかをとうとうと語りだすのだ。この人気はものすごい。そしてその崇拝ぶりは、アンカラにあるアタテュルクの墓に行った時により強烈に印象付けられた。広大な丘の上に巨大な神殿のような建物があり、中はアタテュルクの博物館になっている。彼が対ギリシア独立戦争をどのようにして勝利したか、近代化が遅れたオスマン帝国末期の体制をどう改革していったか、などの英雄伝が、軍国的な音楽とともに展示されている。そうか、トルコのナショナリズムはここを基に作られているのか、と思った。帝国主義の列強を破って独立を勝ち取った軍隊、その軍隊の華々しさである。平和ボケ日本人の僕には、少々軍国主義的に感じた。

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posted by かっしー at 01:50| 東京 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 語り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月21日

「Express」論

以下、自分が高校3年のときに書いたテクストを載せます。
これはある友人へのメールとして書いたもの。受験生が何やってるんだよという感じですが、自分は本当によくこういうことを考えていました。


VINCENT VAN GOGH−−−−

今や知らぬ者はいない油絵の巨匠である。一枚の絵が十何億で取り引きされるほどに、現在彼の作品は高い評価を得ている。だが、彼が生きている間は全くの売れない画家であった。彼は、自信のあった絵も親友からけなされ、絵の買い手もなくて、毎月の家賃を払えないほど苦しんだ生活を送っていた。それでも彼は叔父のお金を借りて絵を書き続けた。またいろいろな女性に求婚するが、いつも拒絶され、服毒自殺をはかったこともあった。33歳の時、同室の友と激しい喧嘩があり、彼は自分の左耳の下部を切り落とす。そして自らを精神療養院に閉じこめる道を選ぶ。発作の恐怖に戦いながら療養を続けるが、精神の異常は治らず、療養院を出てパリで暮らし始める。その頃、彼の作品はようやく評価されつつあった。パリでの生活は少しは平和に進んだが、やがて古くからの親友との友情に亀裂が生じ、苦悶し、37歳の時、自らの胸部に向けてピストルを発射し、自殺。彼の人生は決して恵まれたものではなかったが、皮肉なことに、彼の死後になって彼の絵は人々の注目を集め、魅了し、現在に至るまで多くの人に愛されている。

最近僕が思うこと。
「絶望の淵に立たされた芸術家の、芸術に対する情熱はどこからくるのか」
今となっては有名なあらゆる芸術家が、生きていた頃は自殺未遂をするほど思いつめて苦しんだ人生を送っていた。僕は、芸術家がどのような人生を送ったかなんてあまり知らないけど、最近本を読んで強く感じたことがある。逆境に立たされた時でも、決してその苦しみに負けず、絵、音楽、文学などの活動をし続けるというそのバイタリティはどこから来るのか。「自分は世間に認められない」ということは、耐えがたい苦しみであると思う。世間が何と言おうが自分のやっている道を信じて突き進んでいくというのは、並大抵の人間では出来ないだろう。安易な道はいくらでもあるのだから、どこかで妥協を見いだし、そっちに甘んじてしまう。
だがゴッホはそんなことをしなかった。そう思ったはかもしれない。しかし自分の絵を描くのを死ぬまで止めなかった。そこに妥協はない。苦しんで、苦しんで、苦しんで、でも絵を描き続ける、この情熱。それってすごい。

ゴッホはなぜそんなことが出来たんだろう。自分の芸術が認められる日を、いつかきっと信じていたのだろうか。または自分の芸術を他人に認められなくてもいい、そう思って、生涯絵を描き続けたのだろうか。「音楽は、自分自身の外側にある何ものも表すものでない」そうストラヴィンスキーは考えていた。芸術家は自分の内面を極限に絞り出し、キャンバスに、五線譜に、その情熱をぶつける。

何のために?

そこに何があるんだろう。ベートーヴェンはどういう思いで「交響曲第5番」を書いたのだろう。難聴という致命的な病気にかかってT楽章のような苦難に耐えかねて、ついには遺書を書くまで至るが、やがて彼は4楽章のような壮大な歓びを勝ち取る。そこには、ただのサクセスストーリーで終わらせない、何か力強いメッセージがあるように僕には思える。

芸術家は、自分の内の秘なるものを表にあらわす。その芸術家の内面の、人間である故の何か。他人は、同じ人間として、その「何か」を鑑賞する。「同じ人間として」−−−−それがキーワードだと僕は思う。

芸術の対象は、その芸術家自身だけに終わらない。なぜ芸術家はexpressするのか。ex(外に)press(押し出す)。ゴッホが絵を描くのを死ぬまで止めなかった理由は、職業や金銭的な問題ではなく、自らに何か溢れ出る気持ちがあり続けたからだと思う。そしてそれが絵になる。"expressする"ってそういうことだと思う。自分の為に、他人の為にという思いはない。それをもう越えている。芸術家が芸術をexpressしたその瞬間に、芸術家自身を含めた客観的見方があってこそ、芸術は存在が生まれ、価値が生まれる。でも本当の芸術家っていうのは、もうexpressせざるを得ないんだろうな、とも思うけれども。だから芸術は決して自己満足に終わらない。終わるべきかどうかはその芸術家個人の問題であるが、もしかしたら、全く知らない他人を涙させる力を秘めているかもしれないのだ。それってすごい。

芸術家は大抵、自分と俗世間とを隔離して、自己の世界を追求しようとするが、世間一般の人間は、うまく俗世間と調和して生活している。普段何気なく他人と会い、話している中で無意識の中にお互いの存在意識が生まれ、ごく当たり前のように生活の中でexpressしている。彼らのexpressは、殆どが瞬間的に流れ去っていくものであり、大抵は無意味で非生産的であるだろう。だが、そのように俗世間の中にとけ込めない人は、自己内向的になり、周りと遮断された自分の殻に閉じこもる。自分を見つめ、追求し、考えるのだが、性格が内向的であるため、大抵は『山椒魚』のように実行を伴わない「愚か」な存在となってしまう。世の中には、自己内向性と世俗融和性を合わせ持っている人間もいるけれど、そんな人はごく少数だろうし、それがすごいとは全く思わない。

芸術家は、やはりすごい。何がすごいかって、その自分の殻に閉じ込めたエネルギーを爆発させて、何かを媒体にexpressする。何が何でもexpressする。そこが芸術家と呼ばれる人の偉大なところだ。「絶望の淵に立たされた芸術家の、芸術に対する情熱はどこから来るのか」。絶望だけではないかもしれないが、どんな境遇に立たされようと芸術家はexpressをやめない。やめられないのかもしれない。それで彼自身は幸せであるか、というのは問題でなく、それは、非生産的で怠惰に埋もれた生活を送るより、はるかに美しい生き方だと思う。

この話は、「芸術」という特殊な世界だけに収まらない。いくら自分の中で強い思い、信念、感情、決断があっても、あるだけでは意味を持たない。大事なことは、それをexpressすることだ。他人に認められる云々ではない。そんなの関係ない。強い信念があるなら、とにかく外へ押し出すべきだ。そうすることが、結局は自分を高めていくのだと僕は思うのである。
posted by かっしー at 01:05| 東京 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 語り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年06月28日

「信じる」論

 人が何かを信じる時、理由や根拠があって「信じる」に足ると思うから信じるのではない。とりたてて理由や根拠などない。ただ、純粋に、根拠なく、でも心のそこから、信じる。わき目を振らず、その価値などたいして吟味しない。たとえば、誰か他人を「信じる」時、「なぜあなたはその人を信じられるのか」と聞かれても、はっきりとは言葉で説明できないだろう。神の存在を信じている人に「なぜ神はいるのですか」と聞いても、「いや、神はいるんだよ」という答えにならない答えで終わってしまいがちなように。信じるというのは、そんな盲目性がある。

 考えてみれば、それは「前近代的」と言えるかもしれない。理屈のない信念なんて、合理的でない。社会全体として神や仏が信じられていた時代に比べて、現代という時代には「信じる」力は弱い。日本だけでなく世界的に宗教の力は昔に比べて衰退してきているし、「神は死んだ」とニーチェが言ったように、宗教だけでなく社会の共同体の根本的基盤となるものが崩れている。他人との付き合いも疎遠がちである。もはやかつて信じられてきた人間の普遍性や人権、絶対的尊厳なども疑わしい。もう「信じる」なんて古めかしい、価値のないことなのだろうか。

 しかし自分は、信じることは非常に尊いことだと思う。
 何かを信じることができないと、努力できない。これは僕自身が痛烈に感じることである。夢や目標でもいい。他人の幸せでもいい。そのために「えいやこら」と自分を投企させられるような力強さを、「信じる」力は持っている。わき目を振らず、ただ一点を見てその目標に突き進む姿勢は、ある種の危険性はあるけれども、爆発的なエネルギーとなってそれ相応の成果を生み出す。

 これは僕が受験勉強をやっている時に感じたことだ。入試なんてしょせん水物で、本番の出来は日ごろの努力に保障されないことも多々ある。しかし、だからといって、努力しないで合格しようという考えは甘い。「努力すれば報われる」とは思わない。しかし、「信じれば報われる」とただ純粋に信じ込むことで、報われることは多いだろう。だから、受験生を前にアドバイスする時には「努力は絶対報われるから」と言い聞かせる。それでもしダメだったら……なんて考えない。実際に報われなかった時は落胆は激しいだろうが、努力してきた足跡を見れば、努力の成果は自分のものとして確実にあるのだから。でもそんなことは終わってみてから考えればいいのである。

 そして、このことはスポーツにおいても痛感する。「勝ち」を盲目的に信じた者が、勝つ。それに向かって一直線に突き進むことはものすごい精神力がいる。けれども、それ相応の成果は確実にあるのだと信じることが、大事なのだ。ボートで言えば、レースで相手が見えないほど離されても、しかしまだ、勝ちを信じて漕ぎ続ける。ボートにこんな言葉があった。「たとえ全力で漕いだ一本が泡となって消えようとも、流した汗と、かけた情熱は、ポンドの底に永遠の生き続けるものと信じる」

 信じることは、美しい。
posted by かっしー at 09:28| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 語り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年06月03日

東大権威が失墜する――?

 こないだ玉井ゼミでやった、法科大学院の話を書こうと思う。
 司法制度改革の大きな目玉として今年から軌道に乗り出した法科大学院構想だが、あまりうまくいってないようである。そもそも法科大学院は、試験一辺倒の点の選抜ではなく、2年や3年をかけてプロセスの選抜をするという目的で始められた。しかし、全国の大学がこぞって法科大学院を立ち上げたため、司法試験合格者の3000人よりもずっと多い数の学生が法科大学院に入学した。そのため、法科大学院に入っても卒業時の試験で合格できないという学生があふれかえることが予想される。ある予測データによると、法科大学院での司法合格率は17% ほどになるという。世間では、法科大学院は医者でいう大学6年制教育のようなイメージがあるが、医師国家試験の90%という合格率に比べると格段に低い合格率である。つまり結局は「点」の選抜なのだ。

 ここで話はおもしろくなる。
 法科大学院の行方は世間が注目しているので、ここでの数字はその大学の目玉看板となる。全国の法科大学院は、その少ない合格枠をめぐって熾烈な競争をすることが予想される。特に私立大学の法科大学院は、自分の大学の評判がかかっているから、赤字を出してでもたくさんの合格者を出そうと必死に指導する。ところが、今まで日本の大学は研究中心で考えられてきたため、実利的/実践的な教育は不得意な面がある。そこで、民間の予備校と提携したり外部講師を招いたりして、より実のある教育をするかもしれない。優秀な学生を確保するために、入学時の優秀者には学費無償という特待生優遇措置を採るところもあるだろう(これは現に早稲田が実施しているらしい)。
 そして、おもしろいのが、私立大学はそのような取り組みに積極的であるのに対して、国立大学というのはその性格上そのような改革をする機敏さに欠けるというところだ。東大は法科大学院の教員は主に法学部の教授陣らしいが、今までずっとアカデミズムに染まってきた先生方が突然実践的な教育など出来るのだろうか。東大が現行司法試験で合格者数のトップを保っているのは、東大の教育のおかげでなく、学生の質によるものが大きい。受験生はほとんどダブルスクールに通っており、大学の教員の質なんて誰も当てにしていないのだ。また、「東大」というネームバリューや学費の安さなどの魅力があるからといって、優秀な学生が入学してくるとも限らなくなってくるだろう。早稲田などの特待生制度によって、優秀な学生も東大以外に流れ出ている。そのような傾向が続けば、ダントツでT位を保ってきた東大の司法試験合格者数は、法科大学院の登場によって、教育に必死な私大に抜かれるのではないか。そうなると、今まで威張り続けてきた「東大」という権威が大きく崩れることになる。お、これはおもしろいじゃないか。

 わくわくしながら、法科大学院の行方を見守っていきたい。
posted by かっしー at 16:41| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 語り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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