2005年04月24日

文学部のカビ臭さ

 僕はこの春でようやく大学3年となり、文学部思想文化学科倫理学専修というあやしいところに進学したばかりだ。なので最近は文学部の授業をたくさん受けているのだが、どうもこれが面白くない。思いっきり愚痴になるが、この場を借りて文学部(特に思想系)のやる気のなさ、アホらしさを糾弾しようと思う。

 うちの文学部は、学生教授ともにやる気がない。まず、暗黙の了解のように第1週の授業が休講となっている。他の学部では信じられないらしいが、理由もなく、休講という張り出しもなく、教授が「今学期は4/22から始めます」と言えば、その日にやっと授業のガイダンス。説明も何もない。本格的に授業が始まるのはその翌週からということも多い。あと、教授が教室に来るのが遅い。10分くらい過ぎたころにやっと来る。遅刻の弁解もなく、それが当然のように授業を始める。学生もそれに慣れているから、時間通りにまず来ない。パラパラと来る。絶対おかしい。
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posted by かっしー at 03:06| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 日常生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月06日

孤独が欲しい

最近は、ボート部の新入生勧誘の業務に忙殺される毎日。ただ目の前にやることが山積みで、それをせっせとこなすだけで一日が過ぎていく。数日が過ぎていく。1週間、1ヶ月……うちに閉じこもったり、ふらっとひとり歩いたりする時間が全くない。このBLOGの記事も書けない。書く時間もないし、書くネタもない。いつもなら思うことがいっぱいあって書きたくなるのに、なんだか思考が停止する毎日。これでいいのか自分。

少々大袈裟な表現かもしれないが、本を読んだり人の話を聞いたりしてINPUTすることは、自分にとって食事を摂ることと同じような感覚。同様に、文章を書いたり人に意見を伝えたり作曲したりしてOUTPUTすることは、排泄行為と似ている感覚がある。INPUTしたものを咀嚼してOUTPUTに変えているわけで、全くINPUTしなくなればOUTPUTしなくてもいいけど、そのうち身体がもたなくて餓え死にする。どうしても、どうしても、僕は好奇心にまかせていろいろINPUTしたいし、そこからさらにいろいろ考えたい。考えるのは好きだ。

孤独が欲しい、と思った。

「孤独」については、クレタ島で変なヴェネチア人の若者と熱く議論したなー。ここ4〜5年間ずっとひとりで旅をし続けている変わった青年だったが、彼は、そういう風にひとりで旅することについて、寂しさはあるしつらい時もあるけど、やっぱりひとりじゃなきゃダメなんだと言っていた。ひとりでないと、自己の内面奥深くにまで入って、腰を落ち着かせて、物事を考えることができない。彼はフォトグラファーだったというのも、彼が孤独を選んでしまうひとつの理由だっただろう。芸術家はたいてい孤独だ。そんな話を聞いて、僕は必死に中島敦の「山月記」を英語で説明して、孤独には「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」に支配されて自己の内面だけで完結してしまう危険性がある、ということを話したら、その話をとても面白がってくれて、もう一杯酒をおごってくれた。

Je veux la solitude. La solitude est necessaire pour reflechir a quelque chose.

なんか突然フランス語で書きたくなったよ。じゅ う゛ら そりてゅーど。
posted by かっしー at 04:03| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月24日

春狂

春は人を狂わせる。

時に、寒さに凍えながら縮こまっていたものが、春の暖かさにふれて外側から少しずつ解凍されていくように、身体がやわらかくなるような錯覚を覚える。春の夜の生あたたかい風に吹かれたときの、ふわっと浮き上がるような高揚感がたまらない。強い風が吹き、塵と花粉によって、世界はいつも涙ににじんでいる。外の空気と身体の温度が近づいて、縮こまっていた身体が外に溶け出していくような、不思議な浮遊感。春の空気は、境目をなくす。どこまでが冬?どこからが春?……どこまでが身体?どこからが空気?……どこまでが理性?どこからが狂気?……このふわっと溶け出したような感覚においては、やってはいけないことも何だかふわっとしてしまいそうな、そんな危なっかしさがある。あんなことも、こんなことも、そう、全ては春のせい……?

このことを考えれば、日本では4月に入学式があるというのはもっともだ。9月に何かを始めたいなんて思わない。桜の咲くこの季節に、なんでこんなにも見事に新学期が始まるのだろう。このうきうき感が止まらない春の盛りに、春の幸せをかみしめた。
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2005年02月22日

眠い時に寝る……墜ちていく日々

 ここんとこ毎日、生活リズムが狂いっぱなしだ。

 基本的に、僕は深夜はいくらでも起きていられるので、明け方になってようやく眠くなって寝る → 昼まで寝る → 次の日はもっと遅く寝る → もっと遅く起きる……というのを繰り返してしまう。昨日なんか寝たのは昼の12時だし。絶対に不健康。いつ食べていいかわからないし、いつ寝ていいかもわからない。浪人した時に体内リズムをコントロールしようといろいろ実験したことはあったけど、判明したことは4つ。

1,基本的に僕の体内リズムは26時間くらい。
なので、放っておくと日に日に狂っていく。そして今みたいに破滅的な状況が起こる。太陽の光を浴びることが必要なのか?いや、外には出てるし運動もしてるんだけどな… 一日30kmはチャリこいでるし。

2,睡眠時間を削ると、ろくなことがない。
睡眠時間は6時間は取りたい。徹夜は、翌日ノリでいけるならいいが、講義を受けたり自習したりするとなると絶対に寝てしまう。徹夜しようと決めたけど結局寝たパターンも多い。大抵ろくなことがない。

3,睡眠時間は90分単位で考える。
これは鉄則らしい。そう考えて、6時間、7.5時間と目覚ましをセットしたら、案外目覚めがよかった。

4,食事でリズムをつける。
食事をとることで身体を起こし、メリハリをつける。時間は違っても「朝食」「昼食」「夕食」は意識して食べる。でもこれを守るのは難しい。

さて、この狂いまくった生活リズムはどうしよっかな……
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2005年02月11日

愚痴

いっぱいいっぱい

てんてこ舞い

せっぱ詰まりっぱなし


そんな毎日です。せっかくテストもレポートも終わったのに。何にそんなに忙しいのかというと、部活のマネジメントで、春の新人勧誘のための準備をしてるんですね。

僕は、いつも感覚をつなぎ止めながら生きているらしく、段取りを立てて徐々にやるということが苦手なことに気がつきました。右脳>左脳。考えてみれば、時間軸を考えるよりも、ある構想をもわもわ膨らませる方が得意だなぁ。
posted by かっしー at 02:35| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月27日

気になる人 モーリー=ロバートソン

 モーリー=ロバートソンという人がいる。

 ジャーナリストなんだろうか、あるいはミュージシャンか、物書きと言うべきか。非常に曖昧で何やっているかわからない人。東大中退でハーバード卒という輝かしい学歴を持っていながらも、定職に就かず独特の創作活動に打ち込む40代前半の日米ハーフ。

 なぜ僕が彼を知っているのかというと、J-WAVEでパーソナリティとしてラジオをやっているのだ。日曜の午前5〜6時という、誰も聞いていないような辺鄙な時間なのだが、これが非常に面白い。内容は、お堅いといえばお堅い、ジャーナリズム。ひとつのテーマを取り上げて、その歴史を掘り出し、これからを探る。たとえば、こないだは日本でのネットによる集団自殺を取り上げて、自殺率と国の関係、韓国における同様の事例、なぜ自殺をしてしまうのかという考察をしながら、「死」を隠蔽し、ひた隠しにしてしまう日本社会を批判していた。これを聞いて、戦後を代表する思想家・藤田省三が言う「『安楽』への全体主義」という主張を思い出した。高校3年時に教科書に載っていて読んだのだが、高度文明の中で「安楽」を追い求めるあまりに不快なものそのものを除去してしまい、そのために喜びまでも失われている、という主張だった。非常に示唆にとむ文章だと思う。

 さて、モーリーの話に戻るが、実は僕は、彼のインタビュアーをやったことがある。というのも、駒場のWEBマガジンを作ろうというゼミの企画で、僕が彼をリクエストして呼んだのである。モーリーはネット先駆者だったので、それについて、またジャーナリズムの裏の世界をいろいろ話してくれた。人前でインタビューをするのは、いざやってみると非常に難しい。話をしっかり聞きつつ、次の質問でその話をいかに発展させるかということを頭フル回転で考えていなければいけない。次の質問が思い浮かばずに数秒沈黙してしまったりもしたが、徐々に慣れてまぁまぁうまくいき、本人とも話せて感激だった。でもモーリーはやっぱりどっかぶっ飛んでる、と確信した。なんだろう、頭はとっても良いんだけれども、普通は想像しないようなところから話を返してくる、というか。

 興味ある人は、彼のラジオを聞いてみてください。
posted by かっしー at 17:27| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月09日

21歳という年齢

 20代になって1年。感じたことを書く。

 強く感じるのは、「僕」という存在が、20年という歳月の中で形成されてきたこと。つまり、これからの自分はそんなに大きくは変わらないということだ。まず、身長が止まった。そしてある程度の性格や志向、癖、体質もわかってきた。声、しゃべり方、考え方、好き嫌い、etc。これからずっと、この自分と付き合っていくんだなと思った。もちろんそれらを変えようと思えば変えることもできるけど、うんと努力しなければ変わりにくいだろう。そういった、自分のソリッドな部分を最近強く意識する。

 そして、もうひとつは、自分の可能性を狭めていく/選び取っていく、という考え方だ。僕は今まで、ある程度偏差値の高い大学にも入って、自分のできる可能性をなるべく大きく広げようと生きてきた。でも、ここからは、自分が星の数ほどある可能性の中から、選び取っていかなければいけない。そうしないと前に進めない、そういう年齢になってきた。僕が文学部の倫理学専修に進むというのも、ひとつの「選択」であり、それは自分の可能性を狭めることになる。でも、それを恐れてはいけない。僕にはやりたいことがある。それがある限り、それを追求できる限り、僕はそれに向かって進む。「選択」も、そのための前進だ。
posted by かっしー at 04:18| 東京 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日常生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月22日

ただ今、ギリシア語の予習中

1時間にやっと1行解読。
まるで『ターヘル・アナトミア』を読んでいるような気分だ。
posted by かっしー at 03:44| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月19日

JAZZが気になる

 最近よく高円寺・阿佐ヶ谷の古本屋を巡っているのだが、阿佐ヶ谷に品の良いジャズをかけているイイ感じの店がある。こないだ、かかっていた曲がとてもよかったので、レジの際に「誰のジャズですか?」と聞いたらレジのおばさんに「オスカー=ピーターソンよ」と言われた。それ以来、オスカー=ピーターソンのCDを何枚か手に入れ、今ではすっかりオスカー=ピーターソンのファンである。来日公演も行きたかったな。

 こないだたまたま通りかかったのだが、新橋の路上で演奏していた2人(ドラムとキーボード)のジャズも最高に良かった。集まって聴いている酔っ払いオヤジどもはノリが良くて、結構盛り上がった。ジャズは生に限る。即興の、あの微妙な駆けひき。その場の空気を共有している感覚。だから、ジャズのCDを買うのはあまり好きでない。もうCDの中に固定されてしまった音楽なんて、最高につまらない。そこにはもうあのスリリングさがない。まぁでももう一度聴きたくなるからCDは欲しくなるんだけどさ。で、CDを何度も聴いて、覚えてしまったりするともっと最悪。自分が覚えている通りの音楽がスピーカーから流れてきたって、全然おもしろくない。これはジャズ以外にも、たとえばクラシックでもそうだな。初めて聴く時の、あの意外性に満ちた興奮が好きだ。金もないのに、ついつい「生」の演奏会や舞台に足を運んでしまうのは、それがあるからだろう。
posted by かっしー at 03:42| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月15日

新約聖書をギリシア語で読む

 今期は必修が2コマしかないし、もう単位は足りているので、授業数は少ない。今学期は「語学の学期」と銘打って、ガリガリ語学をやります。

▼ 古典ギリシア語は、前学期の文法初級は「不可」だったくせに、後期初級文法もやらずに一気に中級へ飛んで、”ギリシア語で新約聖書を読む”という授業を取ってしまっている。受講者は4人。予習も大変で、毎回持ってくる本や資料も半端なく重いし、とにかく非常にキツい授業なのだが、先生がとても優しい方なので、頑張ろうと思う。新約聖書をその当時の言葉で読めるというのは、なかなか感動です。マタイによる福音書を少しずつ読んでいます。でも古典ギリシア語って、語幹がどんどん変わるから、まだ辞書すら引けないんだよね。。

▼ フランス語中級という授業に行ったら、それも学生は4人しかいなくて、とても楽しい。こないだはボードレールの詩を読んだ。フランス人の、フランス人によるオールフランス語の授業だが、とても和気あいあいとやっている。ルーマニア留学生と友達になれた。

▼ ドイツ語は独学でやるぞ!
posted by かっしー at 12:39| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月13日

あまりの語学力のなさに落ち込む

organ

 僕は「パイプオルガン同好会」というサークルにも所属していて、時々駒場のパイプオルガンを弾いている。今日は駒場で、プロのオルガニストを呼んで年に2、3回行うパイプオルガン演奏会があり、そのサークルの関係で会場整理などのお手伝いをした。プログラムは、メインは少年から大人までの男声合唱で、時々オルガンという感じだった。非常にすばらしい演奏で、合唱の透き通った美しさに心が洗い流される思いだった。

 さて、その演奏会の後、ルソンヴェール駒場で打ち上げパーティが催された。ドイツ人の合唱団が40人程+先生方+手伝いの学生というメンツ。ドイツの方は非常に英語がお上手なので、たくさんの若いドイツ人とお話しすることができた。子どもの中には英語があまりわからない子もいて、「Sprechen Sie auf Deutsch.(ドイツ語で話そうよ)」とか言われたが、僕はほとんどドイツ語は出来ないので、「Ich bin traurig.(ごめんね) but french is OK(でもフランス語ならいいよ)」とか調子に乗って言ったら、「Je aussi parle en francais!(僕もフランス語できるよ!)」とか言われちゃって、小学生のガキんちょにフランス語で怒濤の勢いで話しかけられました。当然わからず。僕はフランス語で本当に片言しか言えず。でもなんとか会話は成立し、僕のフランス語はさんさんたるものではあったけれど、日常生活においてデビューしたのでありました。その子どもは8歳の時までフランスのニースに住んでいて、フランス語とドイツ語は堪能。英語とスペイン語を学習中だそうだ。ヨーロッパって狭いんだね。いやぁ、できねぇなぁと思い知らされた夜でした。ドイツ語ももっと真面目にやっときゃよかった。でも、明らかにここ何ヶ月かは、こうして日常の一コマで外国語を話す機会が増えてきた。楽しいね、こういうのは。こういうのをモチベーションにして頑張ろっと。
posted by かっしー at 23:51| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

世界のオザワはスタジャンを着ている

 6限の教職の授業が終わって帰ろうとした時だ。井の頭線のホームで渋谷行きを待っていた。電車がホームに来て、ドアが開くと、なんとそこに世界的有名指揮者、小澤征爾が立っていた!僕とばっちり目が合い、僕はすぐさま「あ、小澤征爾だ!」と思ったのだが、オフの時に電車の中で話しかけられるのも嫌かなと思い、結局声はかけなかった。でもあれは間違いなく小澤征爾だった。薄っぺらのアメリカ国旗のついたスタジャンを着て、いつものように頭は鳥の巣。小柄な背丈と、ぴしゃっとした背筋。どこかひょうきんに見える表情。『ボクの音楽武者修行』の青年、サイトウ・キネン・オーケストラの指揮者、どこまでも自然体でインタビューに答えるおじいさん。あー、小澤征爾だ。スタジャンで井の頭線なんか乗っちゃって、ほんと飾らない人だ。パッと見た時は、え、なんであんた井の頭線なんかに乗ってるんすか?って感じだったが、いるんですね。びっくり。今調べてみたら、ウィーン国立歌劇場の日本公演で指揮者として来日しているらしい。N響も今度振るらしいね。おおお。

 有名人に会ったら、何でもいいからとりあえず「サインしてください!」というのは僕は好きでない。サインに何の意味があんの? 高く売るの? 自慢? そんなことより、会えたことだけで喜びだなぁ。

 でも、「頑張ってください」って声くらいかけてみればよかったかなぁ、と今さらながら思ったり。
posted by かっしー at 01:20| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年09月27日

高校の文化祭に行ってきた



 「高校生っていいなー」と思った。ものすごく情熱的で、パワフルで、行動力もあって、全てを投げ打ってでもひとつのものに向かっていけるというのは、すばらしい。それを強く感じさせられた。逆に言えば、もう僕は高校時代には戻れない。もし同じ環境が与えられたとしても、もうあそこまで出来ない。精神的に大人になってしまった。どこか打算的になってしまった。寂しいけれど。でも、負けないくらいの情熱を持ち続けていたい。今日は本当にそう思った。

 彼らを見ていると、高校時代の楽しき思い出が本当にたくさん甦ってきた。文化祭で有志団体で演劇をしたこと。オーケストラの指揮者として深夜まで悩み続けたこと。テニス部の合宿でうだるような暑さの中、真っ黒に日焼けして練習していたこと。気の合うやつらと旅行に行ったこと。今日は、久しぶりに会った同期の仲間と懐かし話をたくさんした。ただ想い出に浸っていても、そこから何も生まれないし、前進はしない。想い出に浸っていてもしょうがない。他人が想い出に浸っている姿を見るのはあまり好きではない。でも、今日は猛烈に浸りたくなった。僕はあの高校時代が大好きだ。本当にかけがえのない日々。まぶしすぎるくらいに輝いた。こうして想い出を美化しているとも思うけど、それでも今日は美化された想い出に浸らせてください。あーみんな大好き。

 ちょうど大学にいる周りの友達が、進フリなんかもあって「大学入ったけど自分がどうしていいか分らない」とかなんとかブツブツ言ってるくせに何もしないような人間も多くて、退屈に思っていたんだ。大学に入った時は「なんだ、普通の大学だよな」と思ったけど、今考えればやっぱり尻叩かれて入った人間が多いのか、情熱的な、アツい人間にはなかなか出会わない。もっとキテレツな奴がいてもいいのにな。

 高校の時の友達は、それとは違うんだよな。今もみんな志を持って頑張っている。高校時代に共有したパッションが、今は別の方向へ向かって力強く進んでいる。自分も負けないぞという気にさせられる。

 あー、おじさんはうれしい。
(写真は、友人と伊豆大島へ高校の卒業旅行に行った時のものです。最高に楽しかった)
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2004年07月22日

ザンビア人と永遠の語らい

昨日の夜、ザンビアの人と酒を飲みながらいろいろな話をした。この方は医療機器メーカーの視察のために日本を訪れていて、自分の寮に宿泊客として数週間泊まっている。寮の先輩の部屋で寮生数人と、仕事について、ザンビアという国について、自分の研究分野について、恋愛結婚話など、いろいろな話をした。日本以外にも仕事でよく世界中を回っているそうだ。

主に英語で話したが、場を囲んだ全員がたまたまドイツ語も使えた(といっても自分は「使える」レベルではないが……)ので、たまにドイツ語も飛び出したり、ザンビアの方は日本語も勉強中なので、日本語でもちらほら話したり。オリヴェイラの『永遠の語らい』のユートピアがそのまま降ってきたような、贅沢な言語空間だった。もっとも、母国語で話すことが出来ればもっと贅沢なんだけれども。やっぱり下ネタは万国共通だと再認識。

ザンビアは、1964年にイギリスから独立して以来、共和制を保っている。周囲のアフリカの国々と違って軍事政権ではない。非常にたくさんの部族がありそれぞれ言葉も違うが、英語が公用語として指定されていて、どこでも英語が通じる。裕福層の結婚式では、牛や羊が交換される。……こういう話を聞くだけでも異文化として刺激されるものがある。いやぁ、本当に楽しかった。

それにしても、自分の英語力のなさを痛感。いいかげん英語を「普通に使える」人になりたい。さ、この夏にやるか。
posted by かっしー at 02:09| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年07月14日

夏休みは山奥で

夏休みは、山に籠ることにした。

標高2500m、北アルプスにある白馬の山の上で3週間。そこで何をするかというと「山小屋バイト」だ。山小屋に泊まり込んで、登山客の飯を作ったり、掃除をしたりの雑務をする。8月上旬というのは山小屋がT年のうちで最も混む時期らしく、夜は1畳に3人寝たりするんだとかいう修羅場に飛び込んでいくわけで、仕事はいかにも大変そう。キツそう。でも、東京生まれ東京育ちの僕にとっては、山の大自然の中に3週間も身を埋没させて、おいしい空気を吸い、満点の星空に圧倒され、「ケータイって何?」というような世間と隔絶した生活を送ってみるのも、絶対に新鮮な体験になるはずだ。ゆっくり本も読めそうだし。

前にも紹介した浅羽通明という評論家が、山登りというのは、世間を鳥瞰する視点に立ち、卓見するような精神にかられるもので、昔から知識人に好まれてきた、ということを本に書いていて「なるほど」と思った。たしかに、かの昔から大学の山岳部は存在し、今でも国立大には伝統ある山岳部が多い。僕自身はあまり山に登ったことがないのでその感覚はわからないが、今度の白馬でそんな感覚が自分に起こってくるのか楽しみである。たまには仙人気分も悪くない。現実を強く強く見続けて自分に近づけた後は、ちょっと突き放して他人事のように全体を眺めてみるのも大事だろう。卓見ばかりの仙人だと、ただのヒッキーと同じだけれども。
posted by かっしー at 00:43| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年07月11日

旅を考える時間の幸せ

 大学受験後に、友達と2人で上海を旅行した。

 受験が終わってから合格発表までは余裕がある。大学に合格してしまったらなにかと忙しくなる。かねてから旅に行きたいと思っていた僕は、受験前から着々と準備を始め、小学校時代の友達を誘い、センター試験間近に迫るT月中旬に航空券を取った。でもその時は家族から「まだ自分の身の振りも決まってないのに旅行なんかとんでもない」という大批判をくらった。当然だろう。でも押しきってしまった。前期試験の直前は、パスポート更新やビザ申請であれこれやっていた。今考えると試験直前に何やってるんだかという感じだが、結果論で言えばいい息抜きにはなったのかもしれない。受験直前に日程は後期試験の翌日から、万が一前期試験で受かった場合の健康診断の前日まで、T週間だ。僕は後期試験を受ける気満々だったから、「試験翌日に国外逃亡ってのもいいな」なんて思ったりしていた。

 旅に行くぞと決めてから、地図を眺めながら「どこに行こうか、何を見ようか」とあれこれ考える時間がたまらなく好きだ。もともと地図を見るのは好きで、電車の中やちょっとした空き時間は地図を見ていたりする。知らない場所をふらふら歩くのも楽しい。新鮮な価値観の発見がある。ソウゾウリョク(想像力/創造力)が刺激される。

 旅してぇなぁ。
posted by かっしー at 13:40| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年06月17日

最近のお気に入りな人

「浅羽通明」という人の本がおもしろい。『大学で何を学ぶか』『教養論ノート』『野望としての教養』など立て続けに読んでしまった。論旨がとてもシャープ&ハングリーな感じ。あらゆるジャンルのことを自分の論旨にまとめこむ力がすごい。『大学で何を学ぶか』は文庫にもなっているし、オススメします。

ゼミのおかげで、大量の文献をスキャンしながらスパスパと論点を探していく力がついてきた気がするなぁ。いや、おもしろい本はじっくり読んでるけれども。なんせ時間がないもんで。
posted by かっしー at 15:09| 東京 🌁 | TrackBack(0) | 日常生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年06月11日

うむむ

「正しく生きるには考えることだ。
 幸せに生きるのは、信じることだ。」

ニーチェが妹に言った言葉らしいが、深く共感。
posted by かっしー at 12:54| 東京 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | 日常生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年06月04日

これは自分への挑戦だ。

 あいかわらず切羽詰まりっぱなしの毎日をすごしています。
 今が苦しいのは、自分で苦しめているからなのは解っています。そりゃそうだ、僕は自分で選択しながら生きているんだから。でも、自分自身を、死を超えただだっ広い可能性に放り投げられるからこそ、僕は今生きているんだ。苦しいとかなんて関係なく。ね、ハイデガー先生。可能性は無限。NOTHINGI IS IMPOSSIBLE。
 充実はしてます。でもそろそろキャパを超えて、パンクするかもしれません。そうなったら、僕の飛び散った破片を拾ってください、よろしく>ボート部の人々

 こんにゃくにカレーをかけて食べたら、なかなかうまかった。このうまさを糧に明日もがんばろうと思ふ。
posted by かっしー at 16:56| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日常生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年05月10日

神経がすり切れる毎日

ものすごく忙しい毎日を送っている。
大学に行かなければいいのだが、講義は好きなので行ってしまう。つまらなかったら途中で出てけばいいし、適当に自分で面白いところだけ聞いて暇な時間は単語でも覚えていればいいし、いや、「大学の講義なんてつまらない」と言うけれども、僕にとっては意外な発見がたくさんあるのだ。たとえば、ジョン=ケージの音楽なんて自分からはなかなか勉強しないけれども、授業という機会を与えられることでそれについて考える時間ができるし、ひょんなところから発見がある。

そんなわけで、僕が今受けている授業紹介を淡々と書いてみる。興味ないならばスルーしてください。文系は楽、とかいったのは誰ですか?

月曜:
2限「身体運動科学」 理系科目として、点数狙いで取ったもの。ボート部に入らなければつまらないと思っただろうが、自分の体と毎日戦っている人間として、結構楽しい。
3限「歴史I」 日本文化をすごいスケールで歴史的に横断していく。楽しい。
4限「映画論」 野崎歓の講義。映画を歴史的に分析するところからやっている。映画館の半券をレポートにはると単位になるらしい。観たい映画にたくさん出会ってしまう。
5限「ドイツ語初修」 さっそく2回もサボってしまったが、ドイツ語は絶対モノにしてやる。

火曜:
T限「人間生態学」 様々な人口データを元に、分析(憶測?)していく授業。「憶測でいいんです。知的運動会ですよ」の言葉が気に入った。
2限「認知神経科学」 人間の思考がいかに曖昧/非論理的であるか、などをやっている。認知って全く知らない分野だから取ってみたけど、意外に面白い。
3限「フランス語必修」 鬼教官。
4限「フランス語テクスト分析」 カミュ、ボードリヤール、ル・モンドなどをフランス語で読む。
5限「ギリシア語初修」 難しすぎる。名詞がただ2個並んで文になるなんて。形容詞が33通りに活用するなんて。。

水曜:
T限「法I」 ……まだ出たことがない。嗚呼。
3限「英語I」 予習が大変だが、ビデオもあって結構楽しい。
4限「音楽論」 ジョン=ケージの音楽をもとに20世紀現代音楽史を分析。エキセントリックでエキサイティングです。ぶっとんでるの好き。
5限「物理科学」 ニュートンがケプラーの法則をもとに万有引力の法則を見つけたプロセスには感動した。ただリンゴが落ちて発見したわけじゃないのね。

木曜:
1限「日本語テクスト分析」 能の授業。実際に能を観に行ってレポートを書かなくてはいけない。これも未知の世界で、スリリングな発見がたくさん。でもボート部の朝練であんまり出れていない。
2限「科学哲学」 野矢茂樹の講義。親しみやすい言葉で哲学を実演してくれる。この前は実証主義と反証主義をやった。
4限「人間環境一般」 東京のインフラストラクチャーという題で、いろいろな東大建築系の教員が講義に来る。楽しい。
5限「?玉井克哉ゼミ」 まだ始まったばかりでわからないが、21世紀の大学のあり方を模索する。課題などもすごく大変らしいがついていこう。先生は皮肉たっぷりの楽しい人だった。

金曜:
1限「記号論理学I」 いたって普通の論理学。
2限「フランス語会話中級」 つたないフランス語で友達と会話。途中英語になり、日本語になったり、、
3限「現代哲学」 小林康夫の講義。ある程度哲学の知識がないと用語からしてついていけない。ハイデッガーの死生観は好きだ。
4限「人間I」 ギリシア哲学をもとに、おじいさん教官が説法みたいな講義をする。話が飛び過ぎ、、と思いきや、最後には全部つながってきたりして感動する。話がうまい。
5限「川人ゼミ」 現役弁護士の講師がいろいろな立場の人を呼んでリアルな声を聞かせてくれる。こないだは横田めぐみさんのご両親が来た。フィールドワークが週5、6回あって、なかなか予定が合わないがいつか行きたい。

こんなにたくさん授業を取ってしまったのは、ボート部を辞めると思い込んでいたからで、ボート部と両立させるのは本当にきつい。これを全部乗り越えようとするのは自分で自分の首を締めることになるのはわかってるのですが、でもそれぞれに興味はあるから、なるべく切りたくはない。特にゼミは大変そうです。でも勉強できるって幸せ。あー、がんばるぞ。
posted by かっしー at 10:16| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日常生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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