2006年09月01日

「白谷雲水峡&縄文杉」_屋久島・九州自転車の旅3日目

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今日はいよいよ縄文杉だ。

4時半に起きて、パンを食う。宿で借りた原付に乗って、夜明け前の暗い中、白谷雲水峡までの山道を登っていった。

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2006年08月31日

「ギリギリの屋久島上陸」_屋久島・九州自転車の旅1日目

富士登山から、ほぼ徹夜明けとなった朝、僕は慌ただしく荷造りに追われていた。

朝8時15分羽田発・鹿児島行きの飛行機の片道航空券を取っていたので、6時半頃に自転車で家を出発した。自転車で羽田まで行き、自転車を分解して袋に詰め、飛行機に乗せてもらう計画だった。本郷から1時間くらい見ておけば大丈夫だろうと余裕こいていたら、行く途中で道を間違えて、時間がかなりギリギリになってしまった。

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2006年08月30日

「富士登山」_屋久島・九州自転車の旅0日目

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旅の始まりは、ここからだろう。
8月30日、屋久島に行く前日。僕は富士山に登っていた。

正確に言えば、前日の明け方だ。
なぜこんなハードスケジュールになってしまったかはわからないが、前から友達と登る約束をしていたのだ。

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2005年12月06日

秩父夜祭に行ってきた

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 友達と秩父の夜祭りに行ってきた。

 あんなにすごい祭りだとは思わなかった。すごい!と大興奮の連続だった。
 まず、花火がすごい。冬の花火は、空気が澄んでいてとても明瞭に見える。ずっと外にいるからもちろん寒いんだけれど、その寒さによって空気が凛としていて、精神が引き締まる。直線的に飛んでくるような色鮮やかな花火の光と、ドン!と体に迫ってくる音。しかもその規模がすごい!!スターマインの連続、まだあるの?え、まだあるの??という感じでした。

 しかし、こんなすごい花火も、この祭りのほんの序章でした。
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2005年08月20日

「西大門刑務所」と反日ナショナリズム

 ソウルの「西大門刑務所歴史館」という所に行った時の印象が強烈だった。

 ここは、1910年以降の日本による朝鮮支配において、日本にさからって独立運動をした人々が捕らえられ、収容されていた刑務所だ。展示品は、日本帝国による占領がいかに残虐なものであったか、ということを強調する数々が並べられている。実際に蝋人形を使った再現風景がたくさんあり、日本人が女性の独立運動家に対して、爪と指との間に細い針を刺して拷問する場面や、血だらけになりながらもなお暴行をされつづける場面など、見ていてゾッとするものばかりだった。死刑場も残されており、薄暗い中にひっそりと絞首の紐がぶらさがっている木造建築は、何よりもリアリティがあった。死刑台は、床が外れる仕掛けになっている。死体はぶら下がった後、下に落とされ、それを回収するための地下室への階段や、外に運ぶための秘密のトンネルなどもあった。

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2005年08月19日

韓国と日本の近さ

 今回の旅で、韓国は本当に日本と似ていると思った。

 街を歩いていても、(看板がハングルで書かれてあることと、細い路地がたくさんあって、そこが少々キムチ臭いのを除けば)本当に日本の街を歩いているよう。もちろん顔つきとかファッションとかは若干違うけれども。経済的にも両国は似ている。お互い高度成長を遂げたけれども最近は停滞気味、という状況。(そして韓孫人は自国経済の不況について危機感を持ってる人が多かった。やはりIMF統治がよほどインパクトあるものだったのか)。国際的にも、両国は非常に似た立場にある。韓国も日本も、アメリカの軍事下にあってイラクに派兵しながらも、中国・北朝鮮との関係もあり……という状況だ(もちろん、韓国には「徴兵制」という大きな特徴はあるが)。そして、話す時のノリが似ている。英語で話していても、韓国語は日本語と語順が同じだから、英語の下手さ加減が日本人のそれとそっくりで、意味をくみ取りやすい。間の取り方、冗談、抑揚の付け方なども同じで、なんというか、すごく話しやすかった。これで言葉が隔たりなく話せたらなぁ、と何度も思った。だから帰ってきてからハングルを勉強し始めた。行く前にもっと勉強しとけばよかったけど、次に行く時に、がんばってもっといろいろ話したい。

 韓国人と、本当にいろいろなことを話した。中でも印象に残っているのは、むこうの武道をやっている韓国人がいて、禅の話から、無、空、気のことなどについて深夜まで話したことだ。彼は英語ができなかったけど、わりと英語ができる韓孫人の友達を間において、がんばって意思疎通をした。僕は茶道をやっているので、禅と茶道は精神的にも歴史的にも深い関係にあることを説明したら、彼からは格闘技の「気」について、実技も含めていろいろ教えてくれた。僕は武術についてはあまり詳しくなかったけれど、「無」という精神性の問題を共有でき、近い所に住む人間同士の文化のつながりを深く感じた夜だった。

 2日目の朝飯を食べた後に、元気なやつらであつまって、サッカー日韓戦をした。結果は2対1で日本の勝ち!やっぱスポーツはすごいな。一瞬にして仲良くなった。
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2005年08月14日

帰国しました

韓国YMCA主催の「日韓共同未来プロジェクト」に参加してきました。日本・韓国それぞれ40人ほど集まり、ソウルから車で1時間ほどの田舎の大学寮に滞在して、様々なディスカッションや文化交流をしてきました。1週間しかなかったけれど、とても仲良くなりました。「差別」「貧困」「暴力」「生命」という4グループに分かれ、僕は「差別」グループで主に外国人労働者や障害者の実態を勉強してきました。実際に活動団体の方の話を聞いたり、フィールドワークにも行ったりと非常に密度の濃いプログラムでした。というか、毎晩朝から夜11時までみっちりプログラムが入っていて、もう最後の方はみんなへとへとで大変でした。

なによりも、同世代の韓国の人と仲良くなれたのがよかった。お互い英語もままならず、コミュニケーションは大変でしたが、本当に様々なことを話してきました。イラク派兵、歴史教科書問題、靖国神社、慰安婦問題、差別問題、ネット事情、勉強、大学生活、恋愛、フリーター問題、徴兵制、北朝鮮、村上春樹、日本の漫画、禅の無と空について、両国の経済について、などなど。楽しかったー 思ったことを、また別エントリーでいろいろ書いていきたいと思います。
posted by かっしー at 13:24| 東京 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月03日

韓国に行ってきます

 明後日から12日まで、韓国に行ってきます。

 僕の寮のYMCA関連のスタディツアーで、旅費はなんとほぼ全額タダです(どうやら韓国政府からお金が出ているらしい)。そのかわり自由時間はほとんどなくて、ソウルからバスで1時間ほどの街の大学寮で、現地の学生とディスカッションばっかりのプログラムです。向こうの学生と仲良くなってこようと思います。最近はそれにそなえてハングルをちょっと勉強しています。

 こないだ事前勉強会というのがあって、水道橋にある韓国YMCAに行ったのですが、この旅行の主催は韓国側なので、かなり韓国サイドの発言が主流を占めることがわかりました。なんというか、暗黙の言論の統制というか、ファシズム的なものを感じます。どうも僕は発言しにくいなぁ…… 旅行中にサッカーの日韓戦があるところも気になるところです。どちらかが大敗でもしたら、次の日の朝に気まずい雰囲気になるのでしょうか。なにはともあれ、楽しみです。

 では、アンニョイ ゲシプシオ!(行ってきます)
posted by かっしー at 13:45| 東京 ☁| Comment(5) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月22日

「物乞い」という他者

旅していると、物乞いを見かける。日本でもホームレスはいるが、海外の物乞いは、見るからに、強烈に「哀れ」な形で通り過ぎる人々に迫ってくる。

イスタンブールで歩いていると、路上でティッシュを売る少年、靴を磨く子供、花を売るおばあさんなど、様々な人に出会う。橋の上などで毛布を広げてただお金を乞う人もたくさん見かけた。靴磨きの少年が馴れ馴れしく英語で話しかけてきた。何度も断ったが「ただあなたと話したい、No moneyでいい」と言ってしつこいから、しかたなく靴を磨いてもらった。彼は17歳、トルコ東部出身のクルド人で、5年前からイスタンブールに出稼ぎに来たという。磨くなんて全く必要ない僕のスニーカーを、一生懸命磨いていた。案の定、靴を磨いた後に「ちょっとお金くれてもいいじゃん」みたいな感じで食い下がってきたから、ちょっとしぶったが、彼の純粋さに免じて、お金を少し渡した。

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posted by かっしー at 06:27| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月21日

世の中いろんな人がいる__イスタンブールでのぼったくりクラブ体験

この話は、告白するのは恥ずかしいのだが、書くべきことだと思うので、書く。

話というのは、夜のイスタンブールをひとり散歩していたところから始まる。道を渡ろうとした時、「あ、車来てるよ」と横にいた人に何気なく注意されて、振り向くと同い年くらいの青年がいた。向かう方向が同じだったので、歩きながら「どこから来たの?」「何才?」などの簡単な会話をした。彼は、同じ21才で、イスタンブール大学でメカニックを勉強しているという学生だった。なかなか気が合ったので、いろいろ話したいなと思っていると「これからビール1杯飲みにいくんだけど一緒に行かないか」と言われ、一緒に飲みに行くことにした。

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posted by かっしー at 18:09| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月17日

トルコの港町にて一句

旅の夜ひとり海辺に波の音
海の向こうに遠いまぼろし
posted by かっしー at 14:46| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

旅する人々点描

 なぜ旅をするのか。そのことをずっと考えながら旅をしていた。

 僕は、バックパッカーがあまり好きではない。というのは、話していても人間の奥深さが感じられないことが多いからだ。彼らに会ってまず話すのは、自分がどれだけ旅してきたかという自慢と、いかに安く旅をするかという金銭の情報と、命の危険にあって大変だった体験談くらいに終始する。話としては面白おかしいし笑えるのだが、そこに「なぜ」という言葉を挟むと、急に彼らは黙りこくってしまう。その国の文化や生活の話を振ると、「いい」「よくない」「クソ」といった一言で片づけてしまい、多くを語ろうとしない。まあもちろん言葉にするのは難しいのだけれど、言葉にできないという以前に、そういうことに意識が向いていない人も多いのだろう。僕は今回の旅でそういう人間にたくさん会った。帰りの飛行機で隣になった男子学生は「だってイランとか行ったら話のネタになるやろ」と言っていた。女を買う人、麻薬にハマる人、たださすらいの身を演じたい人。旅をしているといろいろな人に出会う。いったい何のために旅をするのか、そういう旅人と会うたびに、自分自身も深く考えさせられた。

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posted by かっしー at 02:22| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月16日

また夜が明けるという歓び−−−−夜明け前のイスタンブールを歩き続けて

istanbul

 なんだかわからないまま、ひとり成田空港へ向かった。本当に自分がイスタンブールへ行くという現実が遠いような感覚だった。あれこれと確認する友人もいない。ひとり。この心細さは一人旅だけでしか味わえないだろう。覚悟もなにもなかった。不安と緊張ばかりが僕をおおっていた。

 昼過ぎに成田を離陸して、機内食が終わったら機内の電気が消えたので、もう午後3時過ぎから夜だった。成田からモスクワまで9時間。モスクワでトランジットを4時間待ち、イスタンブールへ4時間飛び、着いたのは現地時間の深夜1時。そこから6時間は夜が明けない。つまり、いつもよりも半日以上も夜が長いということになる。飛行機の中ではよく眠れたものの、重い荷物を背負って、右も左もわからずに彷徨い、すでに疲れていた。これから中心部へ行ってホテル探しをするのも不安だ。朝まで空港のベンチで待つことにした。でも緊張して眠ることはできなかった。

 5時過ぎの始発バスがあったので、空港の外に出た。このとき、僕はなんか日本と全く違う所に来てしまったと感じさせられた。においだ。土っぽい、炭っぽい、なんとも言えない異国の臭い。ここで、今までの不安や迷いはもう後戻りできないものだと確信した。そのための覚悟をただ歩くだけで固めていくしかなかった。イスタンブール中心部へ行った。運転手の声に慌てて降りたところは、誰もいない大通りだった。あたりはまだ真っ暗だった。街灯も少ない。でこぼこの歩道を歩く。お腹がすいていたので店を探したら、遠くに明るく光る食堂があった。おいしかった。客は僕ひとりだった。店を出て、とにかく、また歩き始めた。

 それは、異様な空間だった。イスラム教のモスクから大音量で唄が聞こえてくる。無伴奏の、伸びやかな、おそらくはコーランの言葉の、男の声。まだ早朝で、歩いている人はほとんどいないのだが、その声が遠くからも近くからも、あちこちで街に響き渡っている。ライトアップされているモスク。通りを10分も歩いているだけでいくつもモスクに出会う。イスラムという、全く知らない世界だった。そして、ここはモスクだけでなく、様々な歴史が内在している街である。古そうな建物の前でふと足を止めて見てみれば、14世紀の建築だった、なんてのは本当によくある。道路に柱がゴロゴロ転がっていて、ふと立ち止まってプレートを見たら「テオドシウスの凱旋門」と書いてあったり。テオドシウスって、おい……と感嘆しながら、歴史が生み出す深遠な雰囲気に心を休ませた。

 重い荷物を背負いながら、石畳の坂道を歩き続けた。でも、もう7時になるのに、まだ夜は明けない。もうこのまま夜は明けないんじゃないかと絶望的な気持ちになった。7時過ぎにやっと東の空が明るみ始めた時は、安堵とともに、日が明けるという非常に単純なことがこんなに感動的なことだったのか、と感激した。その日はあいにくの曇りで、日の出を見ることは出来なかったが、次第に明るくなって、人が多くなり、街が動き出していく様を眺めていると、ああ、ここでは、日本とは全く違う時間の中で、全く違う文化の中で、こうやって生きているんだと漠然と強く思った。

 そして、そのような差異はこの旅を通じて何度も感じさせられた。僕は何気なく「文化」という言葉を使い、文化相対主義などを頭の中で考えたりしていたけれども、「文化」というものが何なのかということを、僕はあまりにも知らなかった。そうか、こんなにも「文化」というものは違うものだったのか、全く異次元、というか、もう相容れないものでさえあるのか、と思わされた。サフランボルのオスマン朝時代の街並みを見て思ったのは、あの入り組んだ細い道には、アスファルトは似合わないし、真っ直ぐな道路は引けない。いくらアメリカ文化が「普遍的」といっても、文化が「普遍」=万国共通というのは無理がある。でも現実にグローバリゼーションの中で、世界中の様々な文化の中にアメリカ文化が浸透しつつあるというのは、いかにものすごいダイナミックな変化であるかと想像した。

 直感的な言葉ばかりでごめんなさい。でも、僕は、直感で、そう感じました。 
posted by かっしー at 03:58| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月11日

帰国報告

帰ってきました。

帰って来れてよかった。ほっとします。ものすごく疲れてます。
げっそりとやせ細ってしまいました。とりあえず一文無しです。とりあえず報告まで。
posted by かっしー at 15:39| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月04日

In Rhodes

Now, I am in Rhodes island!
Rhodes city is very old and beautiful!!!
Tomorrow, in the early morning, I will leave for Creti.
And next I will visit Athens.
I am going to go back to Japan in 10 January (arrival in Japan on 11).
It is a pity that I don't have so much time to visit other Greek cities...
posted by かっしー at 23:48| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月01日

In Fethie

Today's morning, I was going to go to Rhodos island, Greek, but the Medeterranean Sea was too rough to go over. So the ferry was canceled, and I have to wait for the next ferry until Monday morning.

Tonight, I am staying at a rich hotel in Fethie, one of the most famous resort city in Turkey for European people. I wanted to celebrate the new year coming with a lot of people, but I will come into next year in my single room alone. So lonley...

Now it has to come a new year in the time at Japan.
A Happy New Year!
There are 7 hours difference between Japan and Turkey.
Here in Turkey, about in 5 hours we will come into 2005.

I watched the "tsunami" tragedy in TV.
The Japanese word "tsunami" is commonly used in newspapers and TV in Turkey.
posted by かっしー at 02:21| 東京 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月28日

In Kapadokeya

I am now in Kapadokeya.
Its nature is great!
The sunrising here may be the most beautiful in the world, I think.
I made many friends with other foreign tourists and Turkish.
Talking with them is a lot of fun!
posted by かっしー at 06:20| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月25日

冬のエーゲ海一周の旅 現地報告1

 トルコのサフランボルという所にいます。オスマン朝の街並みが残る世界遺産。バスが朝6時に着いて、まだ真っ暗でとても寒く、どこへ行けばよいのかわからなくて「やばい、このままだと凍死する…」とか思ってたら、変なおじさんがバイクに乗せてペンションに連れて行ってくれました。初めはあやしくて警戒しまくりだったけど、また人間を好きになりました。サフランボルはいい人ばかり。道端で子供とサッカーしたり、休暇中の軍人と話したり、とても楽しい経験をしています。今はそのペンションからインターネットしているところ。この宿は日本人も多いので、日本語が使えました。

 イスタンブールはとにかくすごい!!でっかい歴史がゴロゴロしているというか、街自体がすでに歴史。ちょっと古いな、と思うと、14,15世紀の建物だったり。道端にゴロゴロと柱があって、何だろうと思ったら「テオドシウスの凱旋門」だったり。時の流れのダイナミズムと人々の活気、生活の根底にある文化や宗教性に感嘆せずにはいられません。とにかくすごい。3日目にして、すでにみやげ話はたくさんあります。

 今日はアンカラへ。その後、カッパドキア、パムッカレと行って、ロードス島からギリシアに入るつもり。宿がなかったらどうしよう、金が尽きたらどうしよう、など、あんまり気は休まらないけど、いやぁ、楽しみだ。
posted by かっしー at 16:29| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(1) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月16日

おじいさんの居場所

 高校を卒業してすぐ、一人旅をしたときのことだ。宿の予約もしない貧乏旅行だったため、その日は米原駅のホームに野宿をすることにした。待合室の中とはいえ、3月上旬、寒い。ホッカイロを体に貼って、早めに硬い椅子に横になった。しばらく寝つけずにいると、終電が終わって、怒鳴り声が聞こえてきた。見ると、年老いた男性が駅員さんに引っ張られ、怒られている。「ここに来たらダメだと何度言ったらわかるんだ」という声で、その男性がホームレスの人だとわかった。やがて、その男性は僕と同じ所に連れてこられた。70歳くらいだろうか、灰色のジャンパーに薄汚れたズボン、全体的に黒ずんだ皮膚。ホームレスという存在を横目で見ながらいつも通り過ぎていた私は、その陰鬱な姿をまじまじと見た。しばらくすると、おじいさんと僕の2人きりになった。僕が声をかけたら、気さくにいろいろな話をしてくれた。歯がない、食べ物がない、金がない、一日中電車に乗って暮らしている。あまりに自分とかけ離れた生活に、唖然としてしまった。タバコをやめられずに、駅で吸い殻を見つけては拾って吸っているという。そのせいで肺が悪いのだろう、一晩中咳が絶えなかった。

 そこまで孤独に、社会から切り離されて生活していると、自分は何のために生きているのか、という問いに苦しめられると思う。おじいさんの生きる居場所はどこなのか。何も持っていない、誰もいっしょにいないが、自分の過去だけは背負っている。その唯一の持ち物である「過去」に身を寄せて生きているのかなと思った。と言うより、それしか思い当たらなかった。よく「希望が大事だ、未来が大事だ」なんて言うけれども、そんな居場所もありうるし、進歩的ではないにしても、おじいさんは生きているんだ、と強く思った。

 おじいさんは始発の姫路行きに乗って行った。車窓から遠くを見つめる姿が印象的だった。


(これは浪人当時、論文模試で書いたテクスト)

付記:この「おじいさん」の生き方は、『ニューシネマパラダイス』のアルフレードが言うような、過去を振り返らずに現実や未来を直視する生き方ではない。そしてそれは前進のない・向上心のない生き方であると言える。でも、それでも僕は、おじいさんが現に生きている、という事実を否定できなかった。おじいさんの生の意義を否定することは、非常に心苦しかったし、悲しかった。その気持ちは今もよく覚えている。本当はおじいさんにタバコを買う金を迫られたりして、怖かったし、一睡もできなかったのだが、非常に印象に残る夜だった。
posted by かっしー at 03:40| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年09月22日

みちのく自転車計画 6日目 宇都宮〜東京

 いよいよ最終日!と思うと元気が出てくる。日本一周や世界一周なんてやってしまう人はすごいな。あいかわらず車の多い通りは避けて小道を探していったのだが、宇都宮からしばらくしたあたりは、田んぼにまっすぐ道路が延びていて、非常に漕ぎやすかったし気持ちが良かった。ちょうど稲刈りの季節だったが、稲の干し方が地域で違うことが判明した。福島県以北は一本の木の杭を立てて、それに稲束を重ねていくが、関東では横一列に吊るして干す。収穫の時って忙しいだろうけどうれしいんだろうな、と農家のおっちゃんの仕事姿を見ながら思った。

 東京に近づくにつれてだんだんと車が増えてくる。店も多くなる。あぁ戻ってきてしまったと思った。途中、戸田で後輩がボートの学内レースをしていたので、それに立ち寄った。T年前を懐かしく思った。やっぱり運動する人ってかっこいいね。久しぶりにその空気を感じて、あぁ自分はここにいたんだという思いになりました。

 寮に着いた時はうれしかった。これが一人暮らしだったら「おかえり」って言ってくれる人がいなくてさみしいけど、寮だがら、久しぶりに寮の友人と会って「おかえり」と言ってもらって、やっと心が落ち着いた。長かったなぁ。日本は広い。楽しい。そう何度も思わされた自転車旅行でした。

この日の走行距離 130km
累積走行距離   702km
posted by かっしー at 21:31| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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