2006年01月02日

正月に想う

 冬の、凛と引き締まった空気は大好きなのだが、正月の空気は、ストーブで温めすぎた部屋ような、気だるさと漫然な感じが満ちていると思う。それはただ自分が暖かい部屋の中でぬくぬくしていることが多いからなのだが、実家で突然与えられた時間に、家族や親戚と一緒にテレビを見たりおせちを食べたりするだけで、どこか内実がともなわない。締まらない。統一感がない。「めでたい」「おめでとう」と連呼されるけれど、全くめでたさを感じない。何がめでたいのか…と、ひねくれて考えてしまった。

 昔は、今と違って年齢が数え年だったから、正月が全ての人の誕生日だった。1年の一番初め。もっと言えば、昔は日が変わるのは日の出の瞬間だったから、「明けましておめでとう」とは、本当に太陽が明けたからこそ新年になって、自分達の誕生日を祝うという挨拶だった。調べてみたら、「めでたい」は「芽出度い」=芽が出る、からきているそう。旧暦では、今の2月中旬だから、冬ももうすぐ終わりという時期。春の生命の息吹を喜ぶ気持ちも、そこに託したのだろう。

 おそらく、今の日本人には、時間は連綿と続くものだという認識がどこかにあって、昔の人のような「区切り」の感覚が薄いのだろう。去年をしっかりと締めくくり、新しい年の初めに抱負を掲げる。自分を顧みるその精神性の中で、正月を感じてみたいと思う。テレビを漫然と見るのではなく、バーゲンに繰り出すのではなく、たとえば、寒さの中で茶を飲むような、静かにも厳しさのある空気の中で。
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2005年12月28日

岡本太郎の一言


「計画を実行したければ、元旦にスタートを置くなんていう
 手ぬるいんじゃなく、毎朝にスタートラインを引くべきだな」

岡本太郎『TAROのひとこと』より
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2005年12月24日

【緊急】ケータイが溺死しました

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昨日、ケータイが溺死しました。

ボート部のレース運営をしていて、水面の上でいろいろやってたら、ポケットからポチャンと落ちた……
あぁ、バカだ……
まぁ今は水底のヘドロにまみれて沈んでいるので、皆様の個人情報流出という心配はないのですが、マメにバックアップを取っていなかったので、僕自身が皆様の情報がわからなくなってしまいました。

つきましては、
これをご覧になった僕とお知り合いの皆様、
僕のメールに、名前と番号とアドレスを
送っていただけると幸いです!

Aidez-moi!
posted by かっしー at 12:52| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 日常生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月23日

LMIのインターンシップを終えて

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 3日間、リンクアンドモチベーションという人材系コンサルティング会社のインターンシップに参加した。

 そもそもビジネスの色濃い世界には進みそうもない自分がなぜインターンシップに参加したのかと言えば、自分のフィールドとは違う別の世界を覗いてみたかったからだ。本当に軽い気持ちだった。でもいったん参加してみたら、「ただ覗いてみる」なんていう態度は大きく修正されて、激しくのめり込んでしまった。通いのはずなのに、汐留のホテルで合宿状態。3日間で5時間くらいしか寝られなかった。ケータイのメールも返信できないくらいに、ひとつのことしか考えられなかった。キツかったけど、それだけ得られる物も多かった。具体的な内容については守秘義務があるので語れないのだが、自分がそれを通じてどういうことを思ったかということはここに言語化しておきたい。

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posted by かっしー at 03:11| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月16日

丸山真男「『である』ことと『する』こと」

 高校3年の現代文の教科書に載っていて、革命的な感銘を受け、それ以来僕の思想回路を虜にしている文章。ほんの30ページほどしかないが、何度読んでも新鮮さを感じさせる名文だ。

続きを読む(長くて堅い文章ですが…)
posted by かっしー at 04:41| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月06日

秩父夜祭に行ってきた

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 友達と秩父の夜祭りに行ってきた。

 あんなにすごい祭りだとは思わなかった。すごい!と大興奮の連続だった。
 まず、花火がすごい。冬の花火は、空気が澄んでいてとても明瞭に見える。ずっと外にいるからもちろん寒いんだけれど、その寒さによって空気が凛としていて、精神が引き締まる。直線的に飛んでくるような色鮮やかな花火の光と、ドン!と体に迫ってくる音。しかもその規模がすごい!!スターマインの連続、まだあるの?え、まだあるの??という感じでした。

 しかし、こんなすごい花火も、この祭りのほんの序章でした。
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posted by かっしー at 02:21| 東京 ☁| Comment(5) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月30日

茂木健一郎の講演会

今をときめく脳科学者、茂木健一郎が駒場で講演会をしていたので、途 中からだったが行ってきた。なかなか面白かったので、以下メモ。

・クオリア(quolia)……数字や文字では表せない、ある脳の信号。人はquoliaにプレミアムを認め、それなりの金を払う。高級ワインには高級ワインにしかないquoliaがある。

・偶有性(contingency)……半ば予想はつくけれど、半分は予想がつかない状態のもの。人間はこれに最も興奮する。現代を表す大きなキーワードらしい。

・脳の中では、記憶したものは引き出しのように入っているわけではない。長期記憶から長期記憶へと、頭の中で常に編集作業が行われている。

・「創造することは思い出すことに似ている」(by ある数学者)
 パスツールは、煮沸した水の中からは微生物は生まれないことを発見。
 創造性に関しても同じ。何もないところから生まれない。
 創造するとは、過去を思い出す作業。
 知っているけどあれなんだっけな…という感覚(feeling of knowing)に近い。

・ダニエル・カールマン(2002年のノーベル経済学賞受賞者)の行動経済学

・「誰が最初のペンギンになるか」
 ……みなリスクを恐れて飛び込みたくない。
 日本人は、最初のペンギンになるのが下手。

・Bowby:attachment theory
 子供は、大人の提供する安全基地があるからこそ、安心して未知なこ
とへ探索できる。

・文脈依存性ダイナミクス
 さまざまな文脈を空間や時間を切り離して考えることが出来る
  ← ITによる最も大きな変化

・創造性の現場には、多様性が保たれていなければいけない

●感想●
写真で見るだけだと、頭もじゃもじゃだし、なんかイっちゃった学者かと思っていたが、冗談も言うし、ひょうきんなところもあり、表情も豊かで、人間としてとても輝いている人だった。「クオリアを解明することが僕のライフワークだ」と言っている時の顔が一番良かった。
「ライフワーク」という言葉は、かっこいいね。

多様性から創造性は生まれる、とか、不確実性/偶有性の話は、ありきたりのよく言われる話だったが
なぜか、脳科学者に「もう科学的にそうなんだ」と言われると、新鮮な感じもあり、納得させられてしまう。
こういうことは哲学でも非常によく問題にされることだけれど、哲学的に言説を分析するよりも、よっぽど実証できるものとして、より説得力を持って、科学の最前線のことは切り込んでくるんだよな。
すごいよ、茂木さん。
posted by かっしー at 02:19| 東京 ☀| Comment(6) | TrackBack(0) | 日常生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月03日

秋の夜長に考える

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 人生について深く考える今日この頃。自分の人生をどう組み立てていくか。甘いことは言ってられなくなってきた。これだけは決めていることは、安穏とした日々と、そこに蔓延する怠惰・無気力を打破するために、敢えて自分は苦しい環境へ飛び込むということ。そういえば、そんなことを言ってボート部に飛び込んだ時期もあった。方向性は、与えられるものではない、自分で探すもの。

 まるで打ち合わせをしていたかのように突然「シューカツ」と連呼し始め、無駄に焦りと不安を装い、企業の使う用語をたどたどしく語り出す大学3年生の群衆の前に、自分は、ただ呆然と遠くを見つめるだけ。

 哲学に、意味はない。
 自分は、哲学よりもっと世の中に近いところにいたい。
 でも、哲学は好きなのだ。

 ただ自分の好奇心のままに勉強し、無駄にジェネラリストを志向していた自分は、結局英語もフランス語もドイツ語もトルコ語も韓国語も古代ギリシア語もラテン語も使いこなせず、自信を持って講義できるような学問的内容も伴わないまま、ここまで来てしまった。何にでも好奇心があって、たしかに幅広く物事を知っているが、それらは全て浅はかで、頼りなく、すぐに倒れてしまうものでしかない。

 悲しいかな、もはや「教養」は必要とされない。

 でも、しかし「教養」への憧れは尽きることがない。やはり自分は「教養」を目指す。その志向性はもう自分の本性だから。教養とは何か。それは、あらゆる知が、知恵として、生きるための価値判断となる指針として、深く自分の中に刻み込まれているものである。教養を、生きた糧として、食べていく。そういう生き方をしたい。あわよくば、その教養「で」食べていきたい。それが非常に厳しい道だということはわかっているけども。

 とりあえず、自分の課題は、断片的な知のあり方を、自分の中でシステマティックに再構築することだ。それはあることをひとつ、深く追究していく中で、自ずと達成されていくだろう。

 自分に、自信があった。その自信は、実は虚無であった。虚言であった。「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」にまみれたものだった。『山月記』の李陵のように、ぼくは虎となって暗闇の中に消えていくのか。李陵の悲しい鳴き声が、あちらことらと遠く都会の闇から聞こえる。自分は、裸の、飾らない、ありのままの自分を恐れずに、まず肯定しようと思う。ぼくは虎にはならない。
posted by かっしー at 03:37| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 語り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月22日

巣鴨で御輿を担ぐ

 このまえの日曜日、大塚・巣鴨の商店街で祭りがあった。とある関係で、御輿を担ぐことになった。

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 ちゃんと足袋を履いて、ハッピを来て、手ぬぐいを頭に巻いて御輿を担ぐ。僕にとって、もちろん初めての経験だ。朝9時半から担ぎ始め、神社に行き、そこで神道の神にご挨拶して、神霊を乗せ、地元の商店街に帰ってくる、というコース。終わったのは、なんと夜の7時だった。もちろん途中で休んだり飲んだり食べたりするわけだが、それにしてもたくさん担いだ。本当にへとへとになった。僕は背が高い方なのでずっと腰を低い位置に保たなければならず、足がどんどん痛くなり、肩の皮膚も擦り剥けて、大変だった。でも、「ぇぃさ!ぇぃさ!」とかけ声を続けながら、汗だくになって盛り上がっていくのは、とてもおもしろい体験だった。

 祭りのエネルギーはすさまじい。大の大人が、大勢で熱狂して盛り上がっているのだから、それはそれだけでも壮観である。そういえば、祭りというのはそもそも江戸時代では、その日だけは無礼講、何をやっても許される、という日だった。それには、もちろん性的関係も含んでいたらしい。その日だけ、そういったあらゆる感情を爆発させる。自分を使い果たす。宵越しの金は持たない。今日の祭りでも、やはりそのような「exhaust」させる雰囲気があるし、つべこべ考えずにパァーっと盛り上がる単純な部分がある。

 もうひとつ思ったことは、商店街という文化の俗っぽさだ。商店街のコミュニティは、まさに地縁のシンボルと言える。同じ狭い地域に住む人々は、みんな何十年もの付き合いで、お互いのことをよく知っている。工務店をやっているというおっちゃんは、「金の有りかまでわかっちゃうから怖えんだよ」と言っていた。都会の中に残った、ムラ的共同体社会がここにはある。そして、自営業だからこそ、サラリーマンとは違った自由な気質がある。無機質なマニュアルなんかない。言葉も自由奔放。おばさんも、威勢のいい、ちょっと下品な言葉で盛り上がる。御輿に対する気合いの入れ方も半端ない。住宅地で育った僕にはあまり縁のなかった、俗っぽい世界だった。

 祭りは、自ら体を動かして参加しないと面白くない。ただ見ているだけよりも自分が参加すると、より一層祭りが楽しくなる。ただ、本当はそこに地縁的結合や日常のルーティーンというようなものがあると、よりさらに心の底から爆発させることができるのだろう。僕も、充分に楽しめたけど、やっぱり地元商店街の人のテンションはどこか違った。僕が担いでいる御輿の横で、だみ声で叫びながら飛び跳ねて盛り上げているおばちゃんなどを見て、そう感じさせられてしまった。
posted by かっしー at 16:18| 東京 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 日常生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月21日

学校バトン

Mixi経由で、初めて「バトン」なるものが回ってきました。

♪質問1:小・中・高の中で1番、思い出深い時期は?

高校。
自分の過去を美化するのは恥ずかしいけど、たまに高校に行ったりすると、古き良き思い出に浸ってしまう。

♪質問2:一番お世話になった先生は?

小学校1,2年の担任だった内山由美子先生。
国語の教科書を音読していて、感動して泣き出しちゃったりとか、授業参観のためにミュージカルを作ったりとか、僕ら子どもと一緒になって遊んでくれた先生でした。あーなつかしいな。先生はもうそろそろ定年だな。手紙でも書いてみようかな。

♪質問3:得意だった科目は ?

音楽、美術。

♪質問4:では、苦手な科目は ?

うーん、何だろう。
特別得意ではなかったのをひとつ挙げれば、体育かな。いたって普通の運動神経でした。

♪質問5:思い出に残った学校行事を3つあげてください。

1,高校の記念祭。
有志の仲間と、演劇を作ったり、オーケストラの指揮をしたり、クラスで映画を作りました。どれも問題多発でとても大変だったけれど、とてもいい思い出です。

2,中学の合唱コンクール。
うちの中学は3月に合唱コンがあった。3年生は、受験を乗り越えて卒業に盛り上がっていく時だから、とても熱が入っていた。卒業式の後に、担任の先生のために歌ったりしたな。なつかしい。

3,学校行事ではないけれど、高校の時に友達と金沢へ旅行したのが忘れられないね。
東尋坊で叫んだり、兼六園で変なポーズしたり、雪合戦したり。あの夜に語り合ったことは、直接的にも間接的にも、今の僕に大きな影響を与えていると思う。

♪質問6:学生時代は、クラスではどんなキャラでしたか?

中学では、生徒会とかやってて、とても真面目くんでした。授業中はよく授業を無視して本を読んでました。
高校のときは、忙しキャラ、かな。欲張って何でもやってたから。

♪質問7:学生時代の友達からの呼び名は

小中 → かっち
高大 → かっしー

♪質問8:好きな給食のメニューは

五目あんかけそば。チキンライス。カレーライス。フルーツ白玉。あー、何でも好きでした。姉が栄養士をやっていて、給食の話をたまに聞くけど、ほんと給食をまた食べたいです。牛乳を飲む時に、よく周りが笑わすのを必至に堪えながら飲んだなぁ。

♪質問9:学生時代に出会った友人は、あなたにとってどんな存在ですか?

大学に入って思うけど、大学での人間関係って基本的に共有する時間が少ないから、あんまりお互いのことを知らないし、「あいつはああだから」と言えない部分がある。でも、やっぱり中高の友達っていうのは、わかるんだよね。自然と気持ちを共有できる。会うと、自分の原点に立ち返らせてくれるし、「おし、おれも頑張る!」という気にさせてくれる存在。

♪質問10:次にバトンを渡す5人

やりたい方、どうぞー
posted by かっしー at 13:38| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | BLOG/ネット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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